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2001.12.17
Daily Clipping 2001.12.17

立ちあがって踊り出したくなるぐらい、眠い

『リナックス型の社民党を目指す』(辻元清美Webサイト)
http://www.kiyomi.gr.jp/kokaiki/special/n-43.html
前から気になっていたんですが・・・。えーと、Linuxコミュニティは『心優しき独裁者』が必要なんですよ。リーヌス役は辻本さん、やっぱりあなたがやるんですか?

なんにしても、あのスタイルは政治には適用しない方がいいと思うけどなあ。ほら、専制政治を否定しつつ、大統領の独裁の有用性を解いて有名になった人が居ましたよねえ。そのまま政治に当てはめると、あれにそっくりなんですけど。いいんですか?

「ウィンドウズ型のようにピラミッド型・中央集権システムではなく、ネットワーク型・分散システムで広く意見を集めてものごとを決める。リナックス型で政策づくりをまずやってみたい。」

ウインドウズ型=ピラミッド型・中央集権システムっていう定義もどうかと思うけれど。前半では意志決定のモデルを提示し、後半では意見徴収のためのモデルを提示してるじゃないか。対立構造がそろってないがな。なんで気付かんかな。

そもそも、オープンソースはコードがコピーでき、かつ実行可能であることが前提になっている。でも、政治はコピーできない上に、個人レベルで実行する手段がない。いや、冗談じゃなく、これは個人の利益の共有という問題だ。

要するにオープンソースは「プログラムは使う人の利益が使う人の中だけでほぼ完結している」ことが前提になっている。だからこそ、個人の成果を全体に還元するシステムが作れるわけだ。政治(権力と言い換えたって同じ)は、使う人(行使する人)と享受する人が別だから成立している概念だからちょっと事情が違う。だって、あなたがいくら憲法の改正案を作っても、それだけじゃあなたの利益にはならない。全体の承認を受けて、憲法が改正されて始めてあなたはその利益を受けることができる。共有されるまで利益が得られない政治と、とりあえず、個人の中で利益が完結しているソフトウエアを比べるのは、やっぱりちょっと難しい。

確かに(うまくいっている)オープンソースコミュニティは個人の利益とコミュニティの権力のバランスが取れていて、意志決定のシステムとして上手く機能しているように見える。だから、政治や経営なんかに適用できるかもしれない、なんていう淡い期待を抱いてしまうんだよね。でも、実はオープンソースは個人の意志を全体に伝えるためのシステムじゃなくて、個人の利益を集団に再分配するためのシステムだ。とても似ているけれど、この二つはぜんぜん違う。

政治のコードをオープンにすることで、政治腐敗のリスクを回避するとか、トラブルがあったときの対処を正確かつ適切な物にするとか、政治のサイクルを短くするとか、コミュニティの維持が難しくなったときにノウハウやリソースの移転をし易くするとか、Linuxの例を引っ張ってくるにしても、もうちょっとどうにかならんかなあ。

「みんなから広く意見を集めます」ってオープンソースとこれっぽっちも関係無いっすよ。問題はその意見がどうやってコード(法)になっていくかっていうプロセスの方でしょうに。

by isana kashiwai