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May. 30 2002
楽しみとしてのサイエンス

何度書いたか分からないくらいだけど、性懲りもなく「楽しいサイエンス」の話題。

「これは机上の空論かもしれないけど、芸術だとか音楽だとかは、共有 できるわけですよ。プロと一般の人がね。でも、サイエンスはそれができない。一つは一般の人にも問題があって、あんまり勉強してないから良く分からないと。 そのレベルが上がれば共有できるんじゃないかなと思うんです。お金儲けのためだけじゃなくて、「楽しみ」の対象として、サイエンスを楽しみの対象にするというのは、サイエンティストにとっても、今後生き残る道じゃないかと思うんだけど」藤原晴彦(昆虫分子生物学)
今週配信のNet Science Intaview Mailから引用



でも、楽しむためだけなら、知っていなきゃいけないルールは実はあんまり多くない。問題は視点なんじゃないだろうか。斜にかまえているばかりじゃ「楽しみ」は見つけられないし、後向きならなおさらだ(もちろん批判は重要だけどね)。サッカー選手のゴシップを並べ立ててもサッカーの楽しみは分からないはず。

「なんか楽しそうだ」とか「ちょっと面白そうだ」とか、そういうきっかけを消さないでおくことができれば、誰でも結構楽しめるんじゃないかなあ。バットを振れなくても野球を楽しめるように、計算なんかできなくたってサイエンスは充分に楽しいもののはずなんだ(もちろんバットを振れた方が楽しいに決まってるけど、ちと敷居が高いやね)。

「生物学」とか「物理学」とか「計算」って単語を聞いただけで、無意識に一瞬ひるんでしまうあの大半の人が抱えているクセを少しでもやわらげられれば、ずいぶん違うはずなんだけどねえ。

サイエンスの世界には、とびきり面白い人たちが沢山いて、おもしろいエピソードがゴロゴロしていて、しかもキラキラした未来まである。もちろん、どろどろグチャグチャだって沢山あるけどね。それを含めたって、とても魅力的な世界である事はまちがいない。

サイエンスは、はたから見てるだけでも充分楽しい。いや、ほんとに。そう、こうなったら何度でもいうぞ「サイエンスは人の役に立ったり儲かったりする前に、どきどきしたり、楽しかったり、美しかったりするはずなんだ」。それを伝えるための言葉がとても少ないのは、実に悲しむべき事だと思う。


これは余談。そういう意味で、おれカネゴン氏が提唱しているヒデキ指数は、とても素晴らしい指標だと思う。これは、サイエンスに限らず、森羅万象に対する「どきどきわくわく」の度合いを指標化するもの。いかんせん、基準値が個人的過ぎて他人が使えないのが難なんですが・・・。

さて、つい先日このページがヒデキ指数150の名誉に与った。身に余る光栄です、本当にありがとうございます。


(May. 30 2002 updated)
うぉ、ねたがかぶった・・・

by isana kashiwai