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Jun. 13 2002
ロケットサイエンスの憂鬱

http://www.asahi.com/science/news/K2002060600106.html
※今回は本当に取り止めがない上に、長いです。申し訳ない。

『宇宙用部品の安定的確保について』(NASDA)
http://www.nasda.go.jp/Press/j/2002/200206/parts_020605_j.html
NASDAが部品を発注している企業が相次いで部品供給から手を引いているという話。

敢えて、シニカルに書いてみようか。取引相手が一つしかない上に、その相手が予算不足でひーひーいってるようなNASDAなら、このご時世、企業が手を引いて当然ですな。だって、リスクが高すぎる上に、具体的なリターンはほとんど期待できないもの。プレスリリースで異口同音に各企業がいっているように「技術力のアピールができる」という以上のメリットがないんだから、「他でアピールすればいいや」という決断を企業がしてしまえば、はい、さようならってものでしょう。宇宙への夢や人類としての未来なんか企業にとっちゃあどうでもいいんだよ、実際のところ。だって、夢や希望じゃお腹は一杯にならないからね。ちょっと考えれば分かる事なのに、問題が顕実化する今の今までほったらかしにしておいた方が悪いって言えば悪いやね。

そしてやっぱり、ここまで書いてあまりの夢のなさにくらくらしてしまった。
ぼくらは、なぜあそこに行かなきゃいけないんだろうか?たとえば、こういう文章がある。

Q:なぜ宇宙開発を行うのですか?
A:宇宙開発は、人類が「宇宙」という未知の世界に飛び出してゆくための挑戦です。それは、私たちが生まれた宇宙や生命の起源、私たちが生まれ落ちた地球についてもっと知りたい、もっと考えたいという思いから始まりました。今日、今までに得られた知識と技術の積みかさねは、日々の暮らしをより豊かなものにしています。これからも、宇宙が秘める無限の可能性を明らかにし、チャレンジ精神とともに引き継いでゆくものです。(NASDA)


宇宙開発がさらされる最もシビアな問いの一つが「宇宙開発はなぜ必要なのか?」というやつだ。あんなにコストがかかる上に、リスクが大きくリターンの少ない事業を、税金を使って推進する必要があるんだろうか?

この問いに対して、あまりの説得力なさに呆然としながらも、僕ら(敢えて「僕ら」と言おう)はこう答える、それはフロンティアスピリットなのだ、と。曰く「好奇心は人間の本性なのだ」「人類の活動領域の広げるために」「進化の次のステップを昇るために」「新しい地球観、人間観を獲得するために」・・・。

そうだ、その通りだ。我々はあそこを目指さなければならない、これは事業というよりも、むしろ渇望なのだ。あそこには我々を魅了してやまない未知なる世界がある。数億年前、アフリカの広大な大地を目の前にした猿たちが、ジャングルを捨てて荒野に出たように、我々はやがてこの星を捨て、あそこに行かなければならない。これはそのための礎なのだ・・・。

しかし、この旗印はあまりに空虚だ。出口の見えない不況、深刻化する政情不安、日に日に悪化する地球環境、解決の糸口さえ見えない人口問題・・・。「そんな事に金を使っている暇があったら、他に使うことがいくらでもあるだろう」。この言葉の前に、我々はくちごもり、「でも・・・」とうつむき加減に、いいわけめいた言葉を発することしかできない。あああ、何故だ?

ふう、じゃあ気を取りなおして、とてもつまらない話をしよう。こういうのはどうだろうか?

今、宇宙開発を止めるのは、国家安全保障上とても問題がある(うはっ、本当につまんない)。現段階で、宇宙開発に対するリターンが少ないとしても、将来に渡ってこの状況が続くという保証はまるでない。たとえば、GPSのライセンスはアメリカが握っている、彼らはこれを規制する事はないといいきっているが、そんな保証がどこにあるだろう? EUがガリレオプロジェクトに、躍起になっているのはただの意地っ張りではないはずだし。それをアメリカが牽制しているのも、公式発表が本当の理由じゃないだろう。

いつの日か、国家の主な活動領域が宇宙に進出したとき(いや、今だってかなり重要なインフラなんだけどね)。その技術を全て海外に頼るのは非常に危険だ。「わが国独自の技術で」という言葉は、(とてもつまらないけれど)非常に重要なんだ。あるいは逆に、宇宙開発はさっさと民間に移行させて、国家間のぐちゃらぐちゃらしたリスクから切り離してしまうのもいいかもしれない。これはこれで、企業間のぐちゃらぐちゃらに突入するから、かなり問題あるし、なにより上に書いたみたいに、今のところ儲かるとは言い難いから、難しいだろうねえ。


と、ここまで考えてはたと気付く、この議論は「核兵器必要/不要論」とまったく同じ構図だ。

個人的な感情をまったくヌキにして、国家安全保障の観点からすれば、確かに「核兵器を保有している事」にはメリットがある(個人的には、ゲロ吐きそうな意見だが)。なにより、その抑止力はかなりの魅力だろう。敵国が核兵器を所有していた場合、政治的な取引という点で極めて不利になるであろうことは容易に想像がつく。

これに対する反論はこうだ。まず、核兵器を保有する事で、軍事力を背景にした政治への参画を余儀なくされるというリスクがあるという点(よく考えるとこれは嘘だ。核兵器を持ってようが持っていまいが実は関係ない)。核兵器の保守、管理、危機対策にコストがかかりすぎるという点(ま、逆を言えば、それらを含め軍需産業は儲かるってのもあるけどね)。

いや、僕がいいたかったのは、宇宙開発を前に進めるためのロジックと、軍事技術を前に進めるためのロジックが、「安全保障」というキーワードで語るとそっくりになってしまうと言う事だけだったんだけど・・・。ま、当たり前か。

問題は、将来あるかどうか分からないリスクを軽減するために、今、具体的なリスクを取る事が出来るだろうか、というところか。この弁で言えば、宇宙開発の方は将来あるかどうか分からないリターンを守るために、今リスクを取る事ができるかってとこやね。時と場合によるけれど、やっぱり、よほど余裕がなけりゃ取れないよなあ。

あ、何度も断っておくけれど、これはあくまで感情論やモラルはとりあえず横においてのはなし。でも、こーいうものばかりで、世界は動いているわけじゃないしねえ。

えーと、核兵器は人を殺すが、ロケットは・・・と書いて、やっぱりこれも嘘である事に気づく。「安全保障」という言葉の前で、この2つはあまりにたやすく結び付く。多くの国で、宇宙開発予算のかなり大きな部分を軍事が支えているのは実は偶然じゃない。来るかどうか分からないリスクやリターンにお金を使う方便としては、とりあえず一番説得力があることになってるからね。うーむ、そうなのか?そーいうことなんだろうか?


ふう、なんだか話がこんがらがってきた(わざとだけど)。悲しくなるばかりだから、感情論に戻ることにしよう。

僕が宇宙開発に惹かれる理由の一つは、それが『人類の立ち位置』をかなりはっきりと見せてくれるからだ (宇宙開発に限らずサイエンスは全般的にそうなんだけどね)。長くて100年、せいぜい数十年というスパンの中で生きている僕達にとって、数万年、数十億年というタイムスケールはあまりに遠い。ロケットや宇宙探査機はそういう時間の流れと、僕達の想像力をブリッジしてくれるような気がする。

「私」ではなく「人」や「地球」や「太陽系」みたいな単語が主語になるスケールが確かにあって、今まさに自分がそれを見つめているということそのものが、他ならぬ自分もそのスケールの中にいるんだということを実感させてくれる。これは、なかなかの体験じゃないだろうか? そうそう、「せんすおぶわんだあ」ってやつですな。

こういうものに対する可能性が、段々減っていくのを見るのはとても悲しい。

とはいえ、上にも散々書いたように、こういうことが宇宙開発を推進する理由としてあまりにも弱いのも事実・・・かくして、思考はぐるぐるとループしていき、答えは見つからず、いつものように力なくうなだれることになる。どうすればいいんだろう。


とりあえず、たとえ空虚であってもかまわないから、リスクもネガティブファクターも理解した上で、なお我々はあそこに行きたいのだと、繰り返し胸をはって主張する事にしよう。ロケットの打ち上げに一々どきどきしてみたり、探査機からの報告に一喜一憂してみたり、そういうことの延長線をあのロケットが飛んでいるのだと信じる事にしよう。そうじゃないと、あまりにやりきれないじゃないか。

うはははは、ろけっと大好き、・・・・ああ、がっくり。


(Jun. 13 2002 updated)
と、ここまで書いて、もっと寂しいニュースが・・・・。
『今後10年は有人宇宙活動計画なし 「夢」削り緊縮型に』 (asahi.com)
http://www.asahi.com/science/news/K2002061200017.html

ああ、いきなりめげそう・・・。

by isana kashiwai