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Sep. 13 2002
「!」と「?」

携帯メールでも脳が壊れる? 拡大する“ゲーム脳”汚染
http://ascii24.com/news/inside/2002/09/03/638336-000.html
『ゲーム脳』で有名な森昭雄教授が、「携帯メール脳」を発見したというニュース(ちょっと古いけど)。相変わらずだなあ、この人も。

α波ってリラックス時とか、精神的な集中をしているときにも出てるはずなんだけど・・・。たとえば、しょっちゅう座禅を組んでる修行僧も「座禅脳」になってて、痴呆症患者とよく似た脳波になってるんじゃないかな?

要するに、β波に比べてα波が多いことが、そのまま「痴呆」であることの証拠にはならないってことでしょう。「ゲームやってると頭が悪くなるに違いない」っていう思いこみを証明するためだけに脳波を測ってるんじゃないですか?

嘘を言っているとはいいません、でも、真実を述べているとはとてもじゃないけれど言えませんよね。どう読んでも「脳波が一緒だ!やっぱり痴呆だ!」としか書いてない。本の方を読むと、もっとすごいことが書いてあるんだけどね(「ゲームしてる人と痴呆症の人は表情が似ている」とか・・・)。


ちょっと大袈裟に考えてみようか。

実は、このロジックの進め方はものすごくあぶない。ちょっと気を抜くと、仮説を証明するデータ=有意なデータ、仮設を支持しないデータ=無意なデータ、になってしまう。そしてここからはどんな結論でも引き出す事ができる。

「トンデモ」とひとくくりにするのはたやすいけれど、ぼくらは、ずいぶんこのロジックでサイエンスが悲劇を呼びこむのを見てきたはずなんだ。

「最も神聖な人権はただ一つだけあり、この権利は同時に最も神聖な義務でもある。すなわちそれは、血を純粋に保つよう配慮することである。それは、最良の人類を保存することで、人類のより高貴な発展の可能性を与えるためなのだ」

誰の言葉か、知ってますよね?この言葉の元に繰り広げられた「サイエンス」がどんなものだったか。あー、ちょっと極端ですか、私。


うーん、なんだか暗い話になってしまった。じゃあ、ちょっと別な話をしよう。


こういうロジックに対して、「これはサイエンスではない」とシカトを決めこむのもいいけれど、それを見抜くためにはちょっとコツがいる。問題なのは、これがサイエンスに見えてしまうことの方だ。サイエンスであること(あるいはサイエンスに見えること)は、必ずしも正しいことを意味しない。当たり前のことなんだけどね。

じゃあ、ぼくらは、どうすればいいんだろう?

「はーい、これは眉唾ですよー、疑ってかかってくださいねー」と叫ぶ事は難しくないけれど、この視点はどうにもつまらない。擬似科学批判本(個人的には大好き)なんかには「サイエンスというのは何事に対しても疑いを持ってあたることだ」なんて書いてあるけれど、これもずいぶん了見の狭い話だと思う。だって粗探しをするなんていうのは、ずいぶん卑しい話じゃないか(よくやっちゃうんだけどね)。

サイエンスを極めようと思っている人ならばいざ知らず、純粋にサイエンスを楽しみたいと思っている人間にとっては「なんでも疑ってみる」という態度はずいぶん心苦しい。いや、なにも「とりあえず信じなさい」なんて言うつもりはない。それこそサイエンスじゃなくなってしまう。そうじゃなくて、サイエンスを楽しむというスタンスから、こういうロジックを見ぬく方法がないだろうか。

まあ、なんとなく眉唾っていう「匂い」がするのも確かなんだけどね。


   「!→?→!→?→!→?→!・・・」

なんとなく、サイエンスというのは、こういう「精神のありよう」なんじゃないかと思う。この連鎖がすぐに切れてしまうものは、なぜか見ていてつまらないし、あまりわくわくしない。あるいは、「!」や「?」ばかりが続くものは、どうにも鬱陶しい。

ちなみに、サイエンスの世界でも「?」を引き出せない「!」は科学としての価値がないことになっている。ホパーの反証主義ってやつですね。「反証可能性のないものは科学ではない」ふむ、なるほど。

さて、話を戻そう、実は「サイエンスの楽しみ」は2つある。科学者たちが見つけてきてくれたものを覗き込んで、彼らが見せてくれるものを楽しむのが一つ。それから彼ら自身の物語、彼らがそれを見つけたときのことを聞く楽しみがもう一つ。ぼくらは、彼等の話を聞きながら「へーっ!」と驚いたり、「なんで、なんで?」と身を乗り出したりするわけですな。

そう、サイエンスを楽しむ事と、サイエンスそのものには相似形がある。どちらも、「!」マークから始まって、相手の話を聞き出すために「?」マークを繰り出す。ただ、違うのは科学者は自然や社会と対話しているけれど、ぼくらは科学者と対話しているという所。

そうやって彼らの話を聞いていると、時々「えーと」とか「あー」とか、言葉に詰まって言いよどむ事がある。そのとき「ちょっ、ちょっと待ってね」と言ってくれるならまだいいんだけど、中にはしれっと無視したり、ぜんぜん違う話を始めたりする奴がいるんだよね。こーなると、どんなに話が面白そうでも、聞くほうとしてはどーにも信用できなくなってしまう。

普段の会話でもそうでしょ、「おいおい、話飛んどるやないか」「さっきの話はどーなっとんねん」ていう感じになると、聞いてるほうとしてはものすごくつまらない。「せっかく面白いそうな話なのに」と思うと、ため息の一つや二つ、吐きたくもなるじゃないですか。

要するに、そういうものって面白くないんです。なんだか、こっちは一生懸命話を聞こうとしているのに、のらりくらりと、はぐらかされてしまうから。

「嘘つきっ!」と叫びたいわけじゃなくて、ただもう少し楽しく話を聞きたいだけなんだけどなあ・・・。



(Sep. 13 2002 updated)

「気が置けない」は用法が違うのでは、というご指摘。ごもっともです・・・。うひゃー、恥ずかしい。

(Sep. 14 2002 updated)

by isana kashiwai