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Oct. 11 2002
ノーベル賞、当事者意識、理科離れ

ノーベル賞受賞おめでとうございます。
さて、ノーベル賞のお話は、あちらこちらで話題になっているので、ちょっとひねた視点で。

今回の件についての、首相のお言葉。この人にとっちゃあ他人事なんだねえ。
http://www.asahi.com/science/news/K2002100902448.html
「日本も捨てたもんじゃない」「それどころじゃない。大したもんだろ」どう聞いても「『日本なんて大したことない』と思ってました、私」といっているようにしか聞こえないんだけど、いいのかそんな事で?

まあこの人、先のH2AF3の時も
「我が国における宇宙の開発利用がますます発展することを期待しています」
なんてことをほざいた人だからなあ。あんたが「期待」してどうするよ。

当事者意識が足りないというか、要するに、サイエンスを国家的な政策の中で捉えようというつもりがこれっぽっちもないんですねえ。だから「他人事」。まあ、政治的すぎるのもどうかと思うけど、一国の首相がここまで他人事だと・・・。

次は朝日新聞。
『今年の物理学賞は、天文学という「役に立たない」研究に決まった。化学賞は対照的に「役に立つ」道具づくりが栄冠に輝いた。共通するのは、だれよりも先に考え出した人が選ばれたという点である』(ASAHI.COM 10/10付け社説)

うわぁぁぁ、信じられん。理科離れとかいいながらこの言い草かい。ため息・・・。


前から思っているんだけど、「理科離れ」の最大の原因は、学校教育じゃなくて「おとーさん、教えて」「おかーさん、何で?」に答えていないからじゃないかなあ。「いやーパパは文系だからよくわからないなあ」が理科離れを作ってるんじゃないのか?

なぜ、そこで一言「よし、パパもわかんないから、一緒に考えてみようか」と言えないのかね?図鑑を引っ張り出すもよし、Webで調べるもよし。日曜日に博物館へ行くもよし。教育って知識を得ることじゃなくて姿勢を身につけることですよね。極端に言えば、箸の持ち方と同じ。全部学校任せにするのはどうかと思うけど・・・。

分かんなくたっていい。学者じゃないんだから。答えを教える必要なんかない。その「なぜ?」を消さないように助けてあげるのは親の責任じゃないのか。「?」の楽しさとか、どうやって向き合うかっていう姿勢を身につけるのは学校でじゃなく、日常生活で行われるべきことのはず。だって「何かにわくわくすること」を教科書で習うわけにはいかないでしょう(いや、もちろん教科書の中にもわくわくは転がってるんですけどね)。

理科離れを問題視する政治家やマスコミの方々、あなた方こそ「理科離れ」してませんか?むしろそっちの方が根本的な原因だと思うけどなあ。


(Oct. 11 2002 updated)

今回の受賞、私は個人的に小柴さんの受賞が嬉しい。
いえ、私、カミオカンデのファンなので・・・

満面とたたえられた純粋な水、時折光る淡い光
地中深く鉱山の奥で、星からの小さな粒子をただひたすらじっと待つ

いいなあ・・・。

(Oct. 11 2002 updated)

by isana kashiwai