Junkyard Review     index     top


Jan. 23 2003
遺伝子が運ぶもの

1歳になったネコのクローン、性質は「親」と大違い(CNN.JP)
http://www.cnn.co.jp/science/K2003012200192.html
タイトルそのまんま。何でもかんでも遺伝子によって決まるわけじゃないという当たり前の事実を証明しただけのことですね。もちろん、性格や体型も遺伝子の影響を受けるはず。でもそれはいわば「性格や体型の種」みたいなもので、そこからどう育つかによってぜんぜん違うものになってしまう。当たり前といえばあまりに当たり前なんだけど。

クローン関連の報道を見ていて感じるのは、クローンの是非より、むしろ遺伝子という考え方がここまで浸透しているんだなあ、ということのほう。まあ、これは過剰にというべきかもしれない。ワトソン、クリック、ウィルキンスがDNA構造の発見でノーベル賞を取ったのは1962年のこと。たった40年で人間の存在そのものを遺伝子に依拠してしまうような発想が出てくるって言うのはかなり驚きだった(逆にずいぶんかかったという考え方もあるかもしれない)。

不妊治療の一環としてのクローニングは、自分たちのの血を残したいという望みの延長としてまだ理解ができる。あるいは自分自身のクローンを作りたいというのも、これと同じことかもしれない。でも、僕が一番驚いたのは、死んでしまったペットや、死んでしまった子どものクローンを作りたいと望む人たちがいるということ。それを否定するつもりはないけれど、僕にはどうしても理解できなかった。彼らは遺伝子に何を託しているんだろう?

彼らの言葉を聞いていると、なんとなく「遺伝子が同じであること」そのものに価値を見出しているみたいに見える。極端な話、彼らは生まれた子どもがコピー元の子どもとぜんぜん似ていなくてもかまわないんじゃないだろうか。今のところクローンベイビーの価値はその2人が何かを継承しているというその事実だけ。でも、それで十分みたい。あえて暴言を吐くならば、有名人のサインと同じだ(脇に「○○さん江」とか書いてあればなおよし)。

気になるのは、クローンを生み出そうとしている人達が口にしている言葉が、必ずといっていいほど「生む側の論理」に立っていること。なぜか生まれてくるであろう子供の人生はあまり話題にのぼらない。もちろん、クローンによって生まれた子供が必ずしも不幸な人生を歩むとは思えないけれど、多かれ少なかれ「だれかの代替としての人生」を生まれてくる子供に背負わせることの倫理観が問われないのはなぜなんだろう。生命を操作することの倫理にはあれだけ神経質なのに。

いや、そうじゃない、これはずいぶん野次馬的な発想だ。少なくとも、本人たちはずいぶん考えたに違いない(そうじゃなければあまりに悲しい)。それでもなお、彼らは遺伝的な連続を選んだということなんだろうか。子供をもうけるという事なら、体外受精、代理母出産、養子、他にもとりうるオプションは幾つもある。相当なリスクがあるにも関わらず、彼らがクローンという選択肢を選んだのは何故なんだろう?かくも、遺伝子信仰が強烈に人々を捉えているんだろうか?

たとえば、ぼくならどうするだろう?身内や大切な人や大好きなペットが死んだときに、目の前にクローンという選択肢があったらそれを選ぶだろうか?もちろん、本当の所はその時になってみないと分からない。でも、たとえクローニングが社会的に充分認知されて、やむにやまれぬ事情があったとしても、ぼくはずいぶん迷うんじゃないだろうか。なんというか、つい失礼な気がしてしまう、死んだ人にも、これから産まれてくる子供にも。個人的には、たとえ一日だったとしても人生というのはその死を含めて十分リスペクトすべきものだと思うし、そこに他人の都合で「続き」をくっつけてしまうのはずいぶん乱暴な話だと思う。まして「私はあの人の続きなんですか?」という問いに満足に答えられる理由をぼくは見つけられそうにない。

(Jan. 23 2003 updated)


クローン人間は「人類に対する犯罪」=禁固20年以上の禁止法案を策定−フランス(MSN)
http://news.msn.co.jp/articles/snews.asp?w=353456
「人類に対する犯罪」戦争犯罪と同罪だそうな。うむむ、ちょっと過剰反応だと思うけどなあ。しかも、戦争犯罪って・・・戦勝国が戦敗国を裁く時に使う言葉ですよ。分かって言っているなら相当に過激だし、気付かずに言ってるとすれば相当にバカだ。

上に書いてあることと矛盾するようだけど、ぼくはクローニングに反対するつもりはない。それで不幸になる人がいないのなら、むしろ選択肢の一つとしてあってもいいんじゃないかと思う。技術や倫理的な問題は、時間がかかるかもしれないけれど解決可能なはずだ(それらが確立するまでに起きるであろう悲劇のことを考えると、手放しに賛成するわけにもいかないけれど・・・)。

前から何度も繰り返しているように、技術が生まれてしまった以上、禁止しようが何しようが、遅かれ早かれクローンベイビーは生まれるだろう。そろそろ「人類にとって」なんていう抽象的でほとんど意味のないお題目じゃなくて、もっと個人レベルの倫理を考えてもいいんじゃないだろうか?たとえば、絶対に生まれるであろう差別や偏見をどうクリアすればいいんだろう。法律は彼や彼女のことをどう扱えばいいんだろう?あるいは、ぼくらは目の前にいる人が誰かのクローンだと分かったら、それまでと同じように接することができるだろうか?それが誰のクローンであっても?

え、気が早い?でも、いつかはきっとその日がくる(一連の報道を信じるなら、実はもう来ているかもしれない)。また、例のごとく不幸が繰り返されないことを切に望みます。

あー、とりあえず、クローン差別反対!!だって、クローニングで一番ハッピーにならなきゃいけないのは彼らなんだから。


(Jan. 25 2003 updated)

by isana kashiwai