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May. 10 2003
星々に手を伸ばす

絵を一枚紹介しましょう。

"reach for the stars" Gilles Tran & Jaime Vives Piqueres
http://www.oyonale.com/iss/english/index.htm

南アフリカの青年実業家 Mark Shuttleworth は2002年4月25日、バイコヌールから打ち上げられたソユーズに同乗し、国際宇宙ステーションに向かいました。彼は南アフリカで始めて宇宙に行った人間であり、デニス・チトーに次いで二人目となる宇宙観光旅行者でした。彼が携えていったラップトップマシン。そこには、オープンソースのレイトレーシングソフトPOV-Rayと軌道上でレンダリングされるためだけに描かれた画像のソースファイルが入っていました。これは、衛星軌道上で始めてレンダリングされた3DCG作品のお話です。

マークには、3DCGの趣味があり、POV-Rayの開発者の一人である Chris Cason とチャットをする仲でした。ある日‚
彼らは、こういう会話を交わします。
「POV-Rayが宇宙へ行った最初のレイトレーサーってことになったらクールだねえ」
「いいねえ、やってみよっか。どのファイル持っていけばいい?」
こうしてプロジェクトはスタートしました。

このプロジェクトにアサインされたアーティストはGilles TranとJaime Vives Piqueres 。2人は IRTC (Internet Ray-Tracing Competition)の常連で、非常に美しくクオリティの高い作品を次々と生み出している作家です。
Gilles Tran : http://www.oyonale.com/
Jaime Vives Piqueres : http://www.ignorancia.org/

マークが訓練をしているロシア、バイコヌールの「星の街」で、作品の内容と技術的な面について打ち合わせが持たれました。当然、話は盛り上がります。「やっぱ目立つのがいいよね、宇宙でレンダリングされたのを知らなくても、壁にかけたくなるようなやつ」「そうなると、ポスターサイズだねえ」

でも、これには大きな問題がありました。
実は、単純にラップトップにPOV-Rayをインストールして国際宇宙ステーション(ISS)へ持っていけばいいという話ではなかったのです。軌道上で動作が保障されているラップトップは、今は販売すらしていない、Pentium-166のマシンでした。無重力状態では、地上にくらべて空気の対流が起きにくいために、PC内部に熱がこもってしまいます。このため、極めて高熱になる最新のチップは、熱暴走の可能性が非常に高くなってしまうのです。加えて、軌道上は地上よりも放射線量が高くなります。集積率が高い最新のチップは、誤動作したり破壊されてしまう可能性があります。最終的にマークは最新のPentiam 1GhzのThinkPadも持っていきましたが、これが正常に動作する保障はありませんでした。

さらに、マークのISSでのスケジュールはびっちり詰まっていました。もちろん、彼のラップトップマシンも同じです。レンダリングに使える時間は、彼が寝ている間だけでした。許された時間は35〜50時間。ポスターサイズ(8000x6000ピクセル)の画像のレンダリング時間としてはかなり短めです。試算では、毎秒300〜400ピクセルというスピードでレンダリングされなければなりません。

ジルとジェイムは非常にクオリティの高いフォトリアリステックな作風で知られた作家です。彼らが普段制作している作品は、毎秒10-20ピクセル以下というスピードでしかレンダリングできないものでした。軌道上でレンダリングを終わらせるためには、今回は作風を変えざるを得ません。CPUのパワーを使った、リアリティを追求する新しい手法ではなく、簡略化されたオブジェクトを使用する古いやり方です。

最初に、「2人はガラクタの山の上に座って星を見る少年」というモチーフを試しました。
http://www.oyonale.com/images/3D/espace_wip_01.jpg
同じオブジェクトを繰り返し使うことで、複雑さを演出しながら、レンダリング時間を減らすことができるはずでした。しかし、この方法は上手くいきませんでした。積み上げられた300を超えるオブジェクトはコントロールが難しすぎました。ポスターサイズでは解像度の高さゆえにオブジェクトの重なりをごまかせなかったのです。しかも、この方法では、規定のレンダリング時間をクリアできませんでした。

決定稿となったのは「地球に腰掛けた少年と、軌道を取り巻くガラクタ」というモチーフでした。最初のモチーフのコンセプトを残したまま、オブジェクトの数が減らされ、なおかつ絵としてのクオリティは下がっていません(むしろ上がってます)。子どもの頃のおもちゃや、テクノロジーの産物を後に残し、星を目指す少年(少女?)。美しく夢があって、含意のあるとても素晴らしいイラストです。タイトルはシャトルワースの言葉から『reach for the stars』とつけられました。

"If we can motivate and inspire South African people to reach for the stars‚ it will be easier to carry the burden of HIV / AIDS in South Africa."Mark Shuttleworth

最終稿は2002年4月12日に上げられました。すぐさまマークの元に、このシーンのソースファイルとカスタマイズされたPOV-Rayが届けられました。このとき、加えられた小さな改造は、今でもPOV-Ray3.5 Windows版に残されています。POV-Rayが使うCPUのパワーを制限する"Duty Cycle"という機能はこのプロジェクトのために追加されたものです。マニュアルにもちゃんと無重力環境での使用が言及されています。

マークは、軌道上で何度もPOV-Rayが使うCPUのパワーを調整しながら、最後にはレンダリングを成功させました。もう一度、見てみましょう。この絵はこうやって描かれました。素晴らしい絵だと思いませんか?

http://www.oyonale.com/iss/english/index.htm


(May. 10 2003 updated)

この文章は、上記サイトのメイキングをダイジェストしたものです。
興味をもたれた方はぜひ原文を参照してください。ここで省略した作品のコンセプトや製作過程が詳しく紹介されています。技法というよりもむしろ、アーティストがコンセプトを形にしていくプロセスがとてもよく分かります。
http://www.oyonale.com/iss.php?page=1&lang=en

(May. 10 2003 updated)

by isana kashiwai