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Mar. 22 2004
ネオジム磁石で遊ぶ

会社の帰りに、無印良品で磁石を買って帰る。前から、パッケージの「ネオジム磁石」の記述が気になっていた。なにしろ、この磁石そんじょそこらの磁石とはちょっと違う。現在知られている永久磁石の中で最も強力なのだ。少し前までは、実験用の高いやつしか手に入らなかったけれど、今はそこらの文房具屋さんでも買える(強力磁石という名前で売っているやつは大抵そう)。無印良品のやつは小さいのが3つ入りで200円。

家に帰って、早速ペンチで周りを保護しているプラスチックを壊し、中身を取り出した。連れに「勿体ないなあ」と馬鹿にされる。遊ぶために買ってきたんだから、当然、これでいいのだ。サイズは直径が5mm、高さ5mmぐらいの円筒形。パッケージに入っていた3つとも全部ばらす。おぉ、こ、これはすごい。

机の上に置くと、必ず南北を向いて止まる。普通の磁石なら、針の上に乗せるとか水に浮かべるとかしなきゃいけないところだけれど、この磁石は机の面の摩擦に打ち勝ってしまう。ネオジム磁石同士だと文庫本ぐらいなら平気で磁力が突き抜ける。厚さ3cmの天板の下から、机の上の磁石を操ることが出来る。

さて、有名な実験をしてみよう。1000円札を4つに折って、もう一度広げて、やじろべえ状にし、鉛筆の上にのせてくるくる回るようにする。これにネオジム磁石を近づけると...おぉ、お札が磁石に引きつけられる。これは、お札に使われている特殊なインクが金属を含んでいるため(だから、印刷が濃いところの方がより強く引きつけられる)。

もう1つ、これも有名な実験。磁石を机の上に置いて上からアルミの小片を落とすと、ふわっと弾かれる。アルミはそのままでは、磁石に引きつけられたり弾かれたりしない。でも、アルミには導電性があるため、磁界の中を通り抜けるときに電流が発生して一瞬だけ電磁石になって磁石に弾かれる。もう少し大きな実験用のネオジム磁石だと1円玉を一瞬浮かすことが出来るらしい。

アルミか銅のパイプがあれば、同じ理屈で磁石がパイプの中をゆっくり落ちていくのが観察できるはずだけれど、手元に手頃なパイプが無かった。残念。今度、東急ハンズで買ってこよう。


さて、ひとしきり興奮して遊んだ後、机の上で磁石を転がしながらぼんやりと考えた。
相変わらず、磁石はぴたりと両磁極を指して止まる。この確かさ、強い方向感は、何となく心に響くものがある。日常の中に突然、絶対的な方向が生まれる。この磁石を貫いて磁極へ向かう一本のゆるぎない線。これは結構強烈な体験だ。もちろん、たとえば太陽は東から昇り西へ沈んでいくし、北極星はほぼ真北にある。でも、太陽や北極星には磁石ほどの方向感は無い。太陽は刻一刻と方向を変えるし、北極星は晴れた夜にしか見えない。なにしろ、磁石は目に見えない物理的な力に引かれて、常に南北を向いている。

そう、いつも僕たちは方角を相対的に測っている。この窓は南向きだから、この道は東西に走っているから。僕たちの方向感覚はずいぶん感覚的で曖昧だ。ごくたまに、こうやって磁石を触っていると、その感覚的な方角と実際の方角がずれていることに気づかされる。人間が家を建てようと道を作ろうとそんなこととは全く関係なく、北は北で、南は南。僕たちは普段こんなにも当たり前のことを忘れている。

初めて磁石を見た人間の驚きは想像に難くない。絶対的な何かを指し示すこの見えない力は、その理由を知っている僕たちでさえ、日常生活とは全く別の理屈で動いている世界を想起させる。15世紀、羅針盤が世界の航海術を変えるまで、陸から離れて海をいくことは、かなりの危険が伴ったはずだ(もちろん当時も短距離ならば天測によってナビゲーションはできた)。陸地の見えない大海原で、世界が磁力というメッシュで包まれていることは、彼らに取ってはまさしく恩寵だったに違いない。たとえば、逆に羅針盤を海に投げ捨てて白鯨に出会ったエイハブ船長が、本当に捨てたのは何だったのか?

もう少し、想像の幅を広げてみよう。こんな風に磁石が南北を向くのは、地球の奥底、マントル層の下で鉄などの導電性物質がゆっくりと対流しているからだといわれている(これは最も有力とされる説だけれど本当かどうかはまだよく分かっていない)。さっき「確かな」とか「ゆるぎない」なんて書いたけれど、実は地磁気は太陽の影響を受けて日々変化をしている。磁極は年々移動しているし、数百年、数千年というオーダーではもっと劇的な変化を起こす。たとえば、地球の地磁気はこの100年で6%少なくなり、1500〜2000年後には消失するといわれているし、さらに100万年というオーダーで地磁気は反転を起こしていることが知られている。地磁気の消失が何を引き起こすのか、実はよく分かっていない(さほどたいしたことにはならないという説もある)。少なくとも、日本でもオーロラが見られるようになることと、役に立たなくなった磁石を見て僕たちが少し寂しい思いをすることは間違いないはず。

この小さな磁石は、そういう地球内部の大きくてゆっくりとした動きと呼応している。地球が生まれた頃、微小惑星との度重なる衝突でマグマの海だった頃の熱が今も蓄えられ、地球の内部をゆっくりとかき回している。その力が火山を噴火させ、大陸を動かし、磁石を南北に向ける。夜更けに、小さな磁石をつつきながらこういうことを考えるのはなかなか悪くない。

(Mar. 22 2004 updated)

by isana kashiwai