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May. 17 2004
待っている人たちについて

石田五郎『天文台日記』中公文庫BIBLO (amazon)

今回は、本を紹介しましょう。これは、1970年代のはじめ頃、当時日本最大の(実は、光学望遠鏡では今も国内最大だったはず)188cm反射望遠鏡が置かれていた岡山天体物理観測所での1年を綴った日記です。作者の人柄もあるかもしれませんが、本当に静かで、美しい本です。元旦から大晦日まで、天文学者の日常が淡々と語られていきます。楽しいことがたくさんあって、何かにどきどきしたり、天気や星の光に一喜一憂する日々。なかなかうらやましい職業です。

昔から、「天文学者」という職業に憧れがありました。それは、彼らが「待っている人々」だからです。観測室と外気の気温差をなくすためにドームのドアを観測の数時間前に開け、ターゲットの星が適切な位置にくるのを待ち、星のわずかな光を捉えるために、ゆっくりと天空をよぎる星を追いかけながら、写真乾板の上に星画像を結ぶのを待ち、天候が悪くなれば、再び星が現れるのを待つ。星は厳密な物理法則に従って空を巡り、寸分の狂い無く、時間どおりに望遠鏡を向ける先に現れる。天候は徐々に変わり、悪かったシーイングもいつかは必ず良くなる。待つというのは、ある時の一点に向かって生きること。そして、その時が来ることを無条件に信じることです。僕は、そういう心のありようにとても惹かれます。

お察しの通り、僕は待つのがきらいじゃありません。むしろ好きといってもいいくらいでしょう。日常の中で、何かを待っているという状況は少なくありません。打ち合わせの時間、なかなか来ない待ち人、恋人からの電話... 。そういう時間は、どこか日常から少しずれた場所で時間の流れを脇から眺めているような、地面から3mmぐらい浮かんで周りを見渡しているような、そんな気がします。そして、同じ待つのならば、なるべく遠くのものを待ってみたい。お昼休みや給料日や週末のデートだけじゃなくて、もうすこし遠くのこと、そう、例えば星とか。

いや、これはたぶん門外漢のロマンチックな幻想なんでしょう。もちろん、天文学はもっとアクティブな学問です。仮説を立て、その検証のための手段を検討し、観測計画を立て、観測によって実証を行い、結果を検証し、論文が書かれる。このプロセスは他の学問と全く同じです。研究者同士の熾烈な競争もありますし、限られた予算や観測時間を巡っての攻防や、政治も珍しくないようです(まあ、これを含めて他の学問と同じと言えるでしょう)。空が晴れるのをぼーっと待ってるなんて悠長な時間はないのかもしれません。あるいは、今や写真乾板はCCDに代わり、ドームの中で震えながら結像を待つということはもうほとんどないのかもしれません。それでも、彼らがどこかで星の世界とつながっていること、少なくとも彼らが「星の光を待っている」という時間を持っていることが、僕の目にはとてもうらやましく映ります。

本の話に戻りましょう。この本には、日常から3mm浮かんで何かを待っている人たちの日々が綴られています。季節の移り変わりや、天文台に訪れる人々との会話、新しい発見への興奮、日常的な観測。そういう「天文台の日々」が、星の運行や何万光年も彼方の星の光と緩やかにリンクし、それらを中心に静かに回っている。その距離感がとても美しく心に響きます。おすすめです。

(May. 17 2004 updated)

by isana kashiwai