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Feb. 03 2005
がんばれ、スペースシャトル。

NASA Human Space Flight - STS-107 (NASA)

あれから二年経ちました。実は、思うところは去年とあまり変わっていません。でも、せっかくなので少し違う話をしましょう。


結論から言えば、シャトルは失敗作です。妥協に妥協を重ねたあげく、必要以上に複雑で無駄と無理の多い設計を行い、予算とスケジュールに縛られて杜撰な運用を行い、1度の失敗から学ばず、2度目の事故を起こしました。

当初、スペースシャトルは、アポロ計画の後、火星を目指すプロジェクトの一部として計画されました。軌道上に恒常的な宇宙ステーションを建設し、月基地の建設をへて、火星を目指す計画です。シャトルはその巨大な計画のごく一部、建設資材を軌道上へ運ぶ輸送手段に過ぎなかったんです。しかし、ソ連を出し抜くという当初の目的が達成され、しかもベトナム戦争に国家予算がまわされたために、計画が大幅に縮小されました。残ったのは、余った3機分のサターンロケットを転用した宇宙実験室「スカイラブ」とスペースシャトルだけでした。

NASAがスペースシャトルに固執したのは、それが唯一残された輝かしい過去の遺産だったからです。そして、それは唯一、輝かしい未来につながるかもしれない計画でした。しかし、計画が遅れる中でさらなる予算縮小を迫られ、NASAは軍に泣きつきました。「予算獲得の支援をしてくれたら、代わりに君たちの要求通りの宇宙船を作ってあげる。だいじょうぶ、予算はこっちで持つからさ」どうにか計画は生き残りましたが、NASAは縮小された予算と、軍からの無茶な要求仕様の間で妥協を重ねることになります。これがそもそもの間違いの始まりでした。

(詳しくはコロンビア事故調査報告書 -1.2 Merging Conflicting Interestsを参照して下さい)

結局出来上がったのは、かろうじて再利用はできるものの、極めて複雑で、莫大なメンテナンスコストがかかる厄介な代物でした。なにしろ、オービターのメンテナンスには平均で3ヶ月かかるんです。耐熱タイルのチェックと張り替え、磨耗パーツの交換、故障箇所の修理、膨大な量のチェック。固体燃料ブースター(左右についてる鉛筆みたいなやつ)も回収とメンテナンスのコストを考えると一から作ったのとほとんどかわらないという状態でした。

NASAは半ば自分自身も騙すような形で、この事実を隠し続けます。いつかは、プロジェクトが軌道に乗れば、コストはどんどん下がるはずだ。誰もがそう信じました。でも、それもチャレンジャー事故で破綻が露呈します。結果的に、予算への締め付けは更に厳しくなり、必然的にスケジュールを守ることが最優先になりました。すくなくとも問題なく運用されていることをアピールしなければなりませんでしたし、スケジュールが遅れれば更にコストがふくれあがります。この方針は、すぐに「なによりも」スケジュールを優先するに変わりました。その意味では、事故は起こるべくして起こったんです。

スペースシャトルプロジェクトはアメリカだけでなく、他の国の宇宙開発にも暗い影を落としました。開発当初、シャトルは30億円足らずの予算で30トンものペイロードを、2週間に1回のペースで軌道上に上げられるはずでした。もし、本当にこの仕様を満たす機体ができたら、この先数十年に渡ってアメリカが宇宙開発/宇宙ビジネスを独占することになります。各国はこの「夢のような機体」に振り回される形になったんです。これからは、使い捨てじゃなくて再使用型の時代だ。みんながそう信じてしまったんです。

日本と西ドイツはアメリカに追従し、スペースシャトル計画に参加しました。日本は、その一方で独自のシャトルシステムの開発にも着手します。フランスも独自のシャトル計画をぶち上げ、同時にシャトルが苦手とした静止軌道への打ち上げに特化したアリアンシリーズの開発に乗り出しました。ソ連もソユーズロケットとミールというすでに実績のあるシステムを持っていたにもかかわらず、アメリカに対抗して再使用型のシャトルシステムの開発を密かに始めました。

結局、各国のシャトル計画は(アメリカ自身の次期シャトル計画を含めて)コストが見合わず全て頓挫しました(ソ連の計画は国そのものが無くなってしまうというアクシデントがありましたが…)。有人システムで残ったのは、アメリカのシャトルを除けば、使い捨て型のソユーズだけです。あのとき、NASAがもう少し現実的なプロジェクトを打ち出していれば...、まあ、やめておきましょう。

今回のコロンビア事故で、NASAは「シャトル計画は最初から間違っていた」という結論を下しました。スペースシャトルは2010年で退役、どうやら次の有人機はスペースシャトルのような有翼型ではなく、アポロのようなカプセル型になりそうです。

そう、スペースシャトルは間違っていました。たぶん、それは正しい認識です。でも...

*


少し、個人的な話をしましょう。

僕は、アポロが最後に飛んだ年に生まれました。物心ついたときには、人類が月の上を歩いたことはもう歴史になっていました。リアルタイムの体験として今はっきりと思い出せるのは「スカイラブが落ちてくる」というニュースです。当時、ソ連の宇宙開発はほとんど西側には伝わっていませんでしたから、宇宙に行く方法はすなわちスペースシャトルに乗ることでした。当時の子供にとって、スペースシャトルはキラキラした未来の象徴だったんです。

チャレンジャー事故の時、僕はあの光景をNHKの深夜放送でリアルタイムで見ていました。打ち上げの成功を報じるアナウンサーのコメントの後、いったん番組は終わりました。TVを消そうと思った瞬間、突然予告なく番組が再開され、あの映像が映し出されました。

あのとき、自分が何を感じたのか今はもう思い出せません。でも、なんとなくあの頃から、僕は「輝かしい未来」というやつを信じなくなりました。まあ、中学2年生ですから、シャトルが落ちようが落ちまいが、ちょうどそういう時期だったのかも知れません。ちょうどこの頃から、僕は物事を斜めに見るようになっていきました。

それから、ここまで戻ってくるのに、15年以上かかりました。やってみて分かりましたが、かっこいいものをただかっこいいと、美しいものをただ美しいというためには、トレーニングが必要です。少なくとも僕にとってはそう簡単なことじゃありませんでした。

そして、ようやく「うぉー、かっこいー」とか「きれー!」なんて言葉を臆面もなく繰り出せるようになったと思ったら、今度はコロンビアが落ちました。僕はおろおろとうろたえ、闇雲にサイトを更新してみたり、やったこともない翻訳に手を出してみたりしました。そう、まるで中学生みたいに。そして、僕はひねくれる代わりに、自分が受け取ったものにお返しをすることをまじめに考えるようになりました。ま、やってることはおんなじなんですけどね。

*


確かに、スペースシャトルプロジェクトは失敗でした。ダメな設計思想に基づいて作られた機体を、ダメな運用方法で飛ばし続けたあげく、2度の事故を起こしました。それだけでなく、間接的に他の国の宇宙開発の方向性も誤った道に導きました。それでも、シャトルがもたらしてくれたものまで否定してしまうのは、あまりに残念です。20年以上に渡って、スペースシャトルプロジェクトは僕たちに夢を見せてくれました。あの機体を、あの運用状況で飛ばし続けた数多くのスタッフには、本当に頭が下がります。感謝の言葉はいくら重ねても足りません。

そして、少なくともあと5年、国際宇宙ステーション(ISS)が完成するまではシャトルには飛んでいてもらわなきゃいけません。万が一、もう一度シャトルが落ちることがあったらもう永久にISSが完成することはないでしょう。スペースシャトルは欠点だらけの機体です。それでも、今この状況で、その先に進むためにはまだあの機体が必要なんです。

僕は、これからもスペースシャトル計画を応援します。プロジェクトを支える数多くのスタッフや、宇宙飛行士達に心からの感謝を、そして...

がんばれ、スペースシャトル。がんばれ!

(Feb. 03 2005 updated)

by isana kashiwai