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Dec. 10 2007
コンパスとプログラム

最近、新しいコンパスを買った。

きれいな円を描く奴、ではなく方位磁石。道に迷ったときのため、じゃなくて自作のプログラムのデバッグ用。なにしろ、僕の書くプログラムは、星とか、人工衛星とか、地球の影とか、たいてい時計とコンパスでバグが分かる。なんだかいろいろ作ったような気がしているけれど、思えばどれも時間と場所に関するものばかりだ。

最初に作ったのは、地球を離れていく探査機の位置を示すページ。ただ、経過時間に従って距離を積算していくだけの、プログラムとも呼べないような、ごくごく簡単なスクリプト。何の気なしに作ったページだったけれど、僕は自分で作ったそのページに表示されている数字を見てちょっと驚いた。

そこには紙の上に書かれた文章には決して表現できないものが乗っていた。その増え続ける数字は、今この瞬間、自分のいるこの場所が、地球を遠く離れた探査機と繋がっていることをはっきりと示していた。

次に作ったのは、ごく初歩的なプラネタリウム。もちろん最初から絵なんかでない。星の位置を表す座標だけが並ぶページを時計と見比べながら、何度も何度もプログラムを走らせる。最初は確かめるまでもなく、でたらめな数字。少しずつエラーを直していくと、徐々に値が安定してくる。ある日、出てきた数字を覚えて、外に出て、方角を定めて空を見上げると、そこに計算したとおりに星が出ていた。

星を見てあれほど感動したことは今までなかった。これまで見たどんなに美しい星空も、あの時見上げた空にちゃんと光っていてくれた、たった一つの星にかなわなかった。どこまでも厳密な法則に従って、地球は自転し、その動きに従って星は空をめぐる。そして、ある瞬間、地球のある一点に立つ僕が指差す先に、確かに星が光っている。そのゆるぎなさ。思えば、天文計算にはまったのはあの時だ。

その次は、国際宇宙ステーションの現在位置を地図上にプロットするページ。地図に載せる前、ただ刻一刻と変わる数値だけが並ぶ画面を見ながら、今この数字が指し示す場所に誰かがいて、地球を見下ろしているのだと気付いて、とてもわくわくしたのを覚えている。

一番最近作ったのは、地図の上に「夜」を表示させるプログラム。画面の中で昼と夜の境界線が自分の頭上を通り過ぎ、ほどなく窓の外が暗くなり始め、地球の裏側のWebカメラに時間どおりにちゃんと朝が来た時、僕はこの星が自転しながら太陽の周りを巡る一つの球であることを、たぶん初めて知った。

でも、実を言うと、星座の線や、衛星の動きや、地球の影を表す地図は、僕にとってはあまり重要じゃない。むしろ、意味があるのは、あのページの裏で動き続ける、時間や場所を表す数字の方だ。もし、詩というものが遠い場所と自分をつなぐための言葉だとするなら、僕にとってあの数字は紛れもなく詩だ。

真夜中、一つ一つ数式に数字を当てはめながら、天空に指を滑らせるところを想像する。地球の自転を考え、地軸の傾きを計算に入れ、赤道に向かって膨らんだ地球の形を考慮に入れ、大気の影響を鑑み ... 儀式の手順をなぞるように、プログラムを組み立てる。間違えてはいけない。手を抜いてはいけない。式を一つ、記号を一つ落とせば、あの星は決して姿を見せない。何度も何度もプログラムを走らせながら、繰り返し繰り返し、空に指を滑らせる。

やがて全ての計算が終わり、僕の指はある天空の一点を指して止まる。PCの画面の数値によれば、今、僕のいるこの場所は、ほどなく朝を迎えるらしい。ふと気がつくと、外で鳥が鳴き始めている。東の空がぼんやりと明るい。

そして、時間を確認し、手のひらのコンパスに眼を落とし、窓の外を見上げて、僕は自分がちゃんとこの星の住人であることを確かめる。僕にとってプログラミングというのは、こういう作業のことだ。

*


ref. 此処から一番遠い場所
ref. Open Planisphere
ref. GoogleSatTrack
ref. Night on the Planet

ref. Somewhere‚ right now...
ref. variable numbers

(Dec. 10 2007 updated)

by isana kashiwai