2016-06-25 update
柏井勇魚/KASHIWAI, Isana

きどうようそのひみつ

目次

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ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A   13158.50723059  .00016717  00000-0  10270-3 0 9040
2 25544  51.6453 156.3482 0010707 41.5842 318.6122 15.50690189 33209

§ はじめに

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人工衛星の軌道要素の話をしましょう。え、難しそう...と思うかもしれませんが、実は数字を読むだけならそんなに難しくありません。いつぞやメディアに「暗号のような形式」なんて書かれていましたが、あそこには意味のある数字がそのまま読み取れる形で書いてあるんです。読み方を知っていれば、あの数字の列を見るだけで軌道の形や大きさ、傾きなんかがなんとなくわかります。ご心配なく、数式も計算も必要ありません。

軌道要素はわずか200字足らずですが、ここには軌道上で起きている様々な現象や出来事がぎっしり詰まっているんです。せっかくなので、軌道要素にまつわる余談も沢山したいと思います。というか、むしろこの文章はそっちがメインです。

§ 2行軌道要素って何?

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ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A   13158.50723059  .00016717  00000-0  10270-3 0  9040
2 25544  51.6453 156.3482 0010707  41.5842 318.6122 15.50690189 33209

さて、これが2行軌道要素(TLE/Two Line Elements)と呼ばれるフォーマットで書かれた国際宇宙ステーション(ISS)の軌道です。この数字は、衛星の番号や、軌道の形、その軌道の何処に衛星がいるか、を表しています。言ってみれば、人工衛星の位置を計算するための「種」みたいなものです。この数列を衛星の追跡用ソフトなどに読み込ませると、その衛星が今どこを飛んでいるかとか、いつ頃近くを通るかなんてことが分かったりします。今回はこのISSの軌道を例に解説をしていきます。


国際宇宙ステーション。高度約400kmの軌道上を周回しています (NASA/public domain)

もっとわかりやすく書けばいいのに、と思うかもしれませんが、これは元々はパンチカードで出力されることを意図したフォーマットなんです。それくらい古い形式なんですね。各値は先頭から何文字目、という形で指定されています。必ずしもスペースで区切られてはいませんし、逆に数字の間に挟まっているスペースの数にも意味があるので、勝手に足したり引いたりしてはいけません。

Webサイトにそのまま貼り付けたりすると、ブラウザが勝手に連続するスペースを一つにまとめたりするので要注意。WebサイトにTLEを載せるときは、<pre>タグを使うか、<textarea>などのフォーム内に表示させるか、スペースを他の文字に置き換えることをお薦めします(本稿ではHTMLのスペースを表す実体参照「&nbsp;」に置き換え、等幅フォントを指定して桁を合わせています)。


一般的な80桁のパンチカード (wikipedia/public domain)

この軌道要素のカタログを管理しているのはアメリカ戦略軍 宇宙統合機能構成部隊 統合宇宙作戦センター(US Strategic Command, Joint Functional Component Command for Space, Joint Space Operations Center/USSTRATCOM, JFCC SPACE, JSpOC)という、やたらめったら長い名前の組織です。かつて軌道上物体の監視は、北米防空司令部、通称NORADがやっていましたが、今ではこの組織が引き継いでいます。今はNORADは弾道ミサイルと北米に侵入する国籍不明機の監視とサンタクロースの追跡が主な業務。軌道上で起きていることは戦略軍の管轄です。

ref. USSTRATCOM Space Control and Space Surveillance (JSPoC)
http://www.stratcom.mil/factsheets/USSTRATCOM_Space_Control_and_Space_Surveillance/


左: アメリカ戦略軍 宇宙統合機能構成部隊、右: 統合宇宙作戦センター の記章(wikipedia/public domain)

人工衛星の軌道要素は本家の戦略軍が管理する『Space-Track.org』や、そのミラーサイトである『CelesTrack』、『Heavens-Above』などで入手出来ます。実は私も米戦略軍から許諾を頂いて『TLE Retriever』というミラーサイトを運用しています。

ref. Space-Track.org ※要登録
https://www.space-track.org/

ref. CelesTrack
http://celestrak.com/

ref. Heavens-Above
http://www.heavens-above.com/

ref. TLE Retriever
http://www.lizard-tail.com/isana/tle/

では早速、中身の説明に入りましょう。その項目で説明している箇所は数字や文字を赤字にしてあります。また、軌道図には出力に使った拙作のWebアプリ『OrbView』へのリンクが張ってありますので、合わせてご参照下さい。対応ブラウザで見るとマウスでグリグリ回しながら軌道を確認できます(WebアプリはFireFoxやChromeなどのWebGLと呼ばれる機能対応のブラウザなら見られるはずです)。

§ 一般名(Common Name)

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ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A   13158.50723059  .00016717  00000-0  10270-3 0  9040
2 25544  51.6453 156.3482 0010707  41.5842 318.6122 15.50690189 33209

最初の行は衛星の名前です。二行軌道要素なのに3行あるやないかっ!と細かいことをいう人がいるかもしれませんが、これはわかりやすくするためについているただのラベルです。本来はなくても計算には支障はありませんが、ここにも重要な情報が入っています。幾つか例を上げましょう。

KMS 3-2
1 39026U 12072A   13196.91766204  .00003762  00000-0  22501-3 0  6568
2 39026 097.3749 244.0758 0058535 150.0385 204.0808 15.10194442 32568

UNHA 3 R/B
1 39027U 12072B   13195.14255849  .00005806  00000-0  35976-3 0  3301
2 39027 097.3782 241.8864 0070003 160.6830 199.7594 15.08076508 32274

UNHA 3 DEB
1 39028U 12072C   13195.14455520  .00007643  00000-0  42269-3 0  1919
2 39028 097.4146 244.2323 0049631 157.3537 202.9737 15.13078932 32351

これは、某国の「マスメディアがミサイルと称する事実上の衛星」の打ち上げの際に出た3つの軌道上物体の軌道要素です。それぞれの1行目の一般名に注目して下さい。

一つ目の「KMS 3-2」、末尾に何もついていないのがペイロード、積荷です。要するに衛星のことですね。英字の意味は「Kwangmyŏngsŏng-3 Unit 2」の略、「光明星3号2号機」です。

二つ目「UNHA 3 R/B」、末尾にR/Bとついているのはロケットボディ(Rocket Body)、つまりロケットの上段です。最終的に衛星を軌道上に投入するロケットの最終段は衛星とほぼ同じ地球周回軌道に乗ってしまうので、ちゃんとカタログに乗っているんです。「UNHA 3」は「銀河3号」ですね。

そして三つ目「UNHA 3 DEB」、末尾にDEBとついているのはデブリ、ゴミです。衛星と最終段をつなぐアダプタや、ロケットの回転を止めるためのデスピナと呼ばれるパーツ、スラスタのカバー、そして壊れた衛星の破片などがこれにあたります。

軌道上には、カタログ化され、常時追跡されているだけでも16000個以上の物体があります。そのうち運用されている衛星は一割ほど。残りはいわゆる「スペースデブリ」というやつです。これには、先ほど書いたロケットボディ、デブリ、そしてペイロードのうち運用が終わったものが含まれています。ちなみに、現在運用中か否か、ということは名前や軌道要素だけ見てもわかりません。

ちなみに、現在軌道上にある物体を全部プロットするとこんなかんじになります。わあすごい。

OrbView: http://bit.ly/1b6dltp

緑がペイロード、黄色がロケットボディ、赤がデブリです。リング状に見えているのは静止軌道ですね。後ろを横切っているグレーのラインは月の軌道です。

§ 行番号(Line Number)

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ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A   13158.50723059  .00016717  00000-0  10270-3 0  9040
2 25544  51.6453 156.3482 0010707  41.5842 318.6122 15.50690189 33209

次、一行目と二行目の冒頭は行番号です。わざわざ説明するほどのものじゃありませんね。ただ、これらの数値がパンチカードで記録されていた時代には重要な意味を持っていました。パンチカードには1枚で1行分のデータしか入りませんから、ここで1行目か2行目かを見分けていたんです。

§ 衛星カタログ番号(Satellite number)

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ISS (ZARYA)
25544U 98067A   13158.50723059  .00016717  00000-0  10270-3 0  9040
25544  51.6453 156.3482 0010707  41.5842 318.6122 15.50690189 33209

次は一行目と二行目共通のここ。これは衛星カタログ番号、カタログに記載された物体の通し番号です。ただし打ち上げ順ではありません。スペースデブリなど、後から発見されたものはそのつど登録されます。栄えある00001は当然スプートニク....ではなくスプートニクを打ち上げたロケット「SL-1 R/B」に割り当てられています。2013年6月7日時点で39176個の登録があります。ちなみに半分近くはまだ軌道上にいます。

2013年の時点で軌道上にある最古の物体は、衛星カタログ番号「00005」、1958年3月に打ち上げられた世界で4番目の衛星「VANGUARD 1」です。

VANGUARD 1
1 00005U 58002B   13196.14891694  .00000203  00000-0  26510-3 0  1143
2 00005 034.2466 097.5912 1850257 133.8410 243.0801 10.84328316930706


VANGUARD 1、史上始めて太陽電池パネルが使われた衛星です。 (NASA/public domain)

「VANGUARD 1」は1964年に機能を停止しましたが、まだ軌道上を回っています。地球から一番遠ざかる遠地点高度が約4000km、一番近づく近地点高度が約650kmありますから、まだ数百年は落ちてこないでしょう。

§ 軍事機密種別(Classification)

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ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A   13158.50723059  .00016717  00000-0  10270-3 0  9040
2 25544  51.6453 156.3482 0010707  41.5842 318.6122 15.50690189 33209

1行目の衛星カタログ番号の後ろについているのは、機密かどうかを表す符号です。UはUnclassifiedの略。機密ならここはSになっています。なっています、とさも見てきたかのように言っていますが、普通は見られません。我々が見ることができる軌道要素は全部ここがUです。

と、表向きはそういうことになっていますが、実は世界中のアマチュア観測家が人工衛星の観測をやっていて、多くの機密衛星の軌道がわかっています。衛星の目的と打ち上げ時間、方角などが分かれば、おおよその軌道の見当がつきます。それであたりを付けてカメラを空に向けていると、そのうちにそれらしい衛星が通ります。その結果から予想をやり直して更に数字の精度を上げて...とやるわけです。

実は、ネット上にもそうやって観測された衛星の軌道要素が公開されています。衛星を観測するのに制限はありませんし、有志が勝手に観測して、その観測情報をアップしているだけなので、特に問題はないはずですが、直リンクするのは止めておきましょう(こういうのは秘密っぽいのがいいんです)。"classified tle" あたりでぐぐるとか、『Heavens Above』という軌道予測サイトでそれっぽい衛星名で検索するとか...。

そういう軌道要素を使うとこういうこともできます。

ref. GoogleSatTrack - IGS 8A
http://bit.ly/ZuhIMC

§ 国際識別符号(International Designator)

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ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A   13158.50723059  .00016717  00000-0  10270-3 0  9040
2 25544  51.6453 156.3482 0010707  41.5842 318.6122 15.50690189 33209

次はコレ、国際識別符号です。カタログ番号とは違い、こちらは打ち上げ順に付けられます。「98067A」を書き下すと「1998-067A」となります。これは「1998年の67番目の打ち上げで出た物体A」という意味です。国際宇宙ステーションの最初のモジュールであるZARYAの打ち上げですね。同じ打ち上げで複数の物体が軌道に乗ることはままありますので、それを区別するために枝番がA,B,C..とつきます。Zまで行くと次はAA, AB, AC...となります。

この枝番の付け方はどうやら、ペイロード、ロケットボディ、デブリ、という順番で付けられることが多いようです(というか、そうなるようにあとで数値の方を入れ替えている節があります。もちろん例外もありますが...)。「一般名」の項目で例にあげた「某国の衛星」もそうなってますよね。複数の衛星が上がる時は、たとえばA,Bがペイロード、Cがロケットボディ、D以降がデブリという感じになることが多いようです。

ちなみに、単一の打ち上げから発生した物体の数としては国際識別符号「1999-025」のものが最大です。これは1999年に中国が打ち上げた気象衛星「風雲1C(FENGYUN 1C)」。2007年に中国がこの衛星をターゲットに行った破壊実験によって膨大な量のデブリを生み出しました。2013年7月の時点で、カタログに約3380個の破片が登録されています(カタログに掲載されているのはこれまでに位置がわかったものだけです。実際の破片の数は数万~十数万個とも言われています)。

追記: 2014年12月4日以降、繰り返し観測され、継続的に追跡されているにもかかわらず出所がわからない物体(well-tracked objecs)をカタログに掲載するために、打上げ番号”000”を使う、というアナウンスがありました。たとえば、2014年に最初に登録された”well-tracked object”の国際識別符号は「2014-000A」となります。

§ 元期(Epoch)

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ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A   13158.50723059  .00016717  00000-0  10270-3 0  9040
2 25544  51.6453 156.3482 0010707  41.5842 318.6122 15.50690189 33209

さて、ここまではカタログの番号でしたが、次は衛星の軌道を決めるのに必要な数字の一つ目「元期」です。これはこの軌道要素の基準となる日付です。先程も書いたように軌道要素というのは衛星がいつ、どんな形の軌道の、何処にいたかを表す数字です。その「いつ」を示す数字がこれです。

最初の二文字が年の下二桁、残りの数字はその年の協定世界時(グリニッジ標準時と同じ、日本標準時-9時間です)の1月1日午前0時からの経過日数です。「13158.50723059」は「2013年158.50723059日目」、西暦に直すと、2013年6月7日 12時10分24秒(日本時間21時10分24秒)になります。

実は、TLEには2057年問題があります。見ての通り年を示す数字が2桁しかないので、2057年を過ぎると、最初の衛星が打ち上げられた1957年と2057年がカタログ上で区別ができなくなるんです。どーするんでしょうね?

§ 平均運動の1次/2次微分値 (First/ Second Time Derivative of the Mean Motion)

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ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A   13158.50723059  .00016717  00000-0  10270-3 0  9040
2 25544  51.6453 156.3482 0010707  41.5842 318.6122 15.50690189 33209

次はこの二つ。なんだか難しそうな数字ですが、これは空気抵抗を示す数字です。これは後で説明する「平均運動」という数字がどう変化していくかを示す数字、なんですが、実は今一番メジャーに使われているSGP4と呼ばれるアルゴリズムでは使いません。だから気にしなくてOK。

§ B STAR(B*)抗力項(BSTAR drag term)

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ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A   13158.50723059  .00016717  00000-0  10270-3 0  9040
2 25544  51.6453 156.3482 0010707  41.5842 318.6122 15.50690189 33209

こちらも空気抵抗を示す数字です。こっちは今バリバリ使われている数字。とっても大事です。これは頭に小数点が省略されていて、さらに「-3」が「×10のマイナス3乗」という意味です。「10270-3」は 実際の数字に直すと「0.00010270」ということになります。

宇宙といっても、地球のすぐそばはけっこう空気があります。高度数百kmという比較的低いところを飛ぶ衛星は、空気抵抗でどんどん高度が下がってくるんです。国際宇宙ステーションなどもけっこう頻繁にスラスタを吹いて高度を調整しています。

空気の影響は大きくて軽い物体は大きく、小さくて重い物体は小さくなります。野球の球と風船を投げるのを想像してみて下さい。あれと同じです。これはそういう衛星の空気の影響の受けやすさと、その衛星が飛んでいる辺りの大気の状態が反映された数字になっています。

大気の影響による軌道のズレはこの数字である程度補正ができますが、それでも限界があります。たとえば、空気の密度は太陽活動の影響などを受けてけっこう変動があったりします(太陽の活動が活発になると、大気の上層部が膨らむんです)。他にも衛星の軌道は太陽光圧や月や太陽の重力などの影響を受けます。なので、そもそも軌道要素というのは長持ちしません。TLEは鮮度が大事。おいしく食べられるのはせいぜい1~2週間程度です。それ以上過ぎるとだんだんズレが大きくなって、正確な予測ができなくなります。そのため、軌道上の物体は24時間体制で常時観測されカタログも常にアップデートされています。

§ 軌道モデル(Ephemeris Type)

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1 25544U 98067A   13158.50723059  .00016717  00000-0  10270-3 0  9040
2 25544  51.6453 156.3482 0010707  41.5842 318.6122 15.50690189 33209

次はここ、これはこの軌道要素を計算するのに使うべき計算方法、アルゴリズムの種類を表す符号です。実はこの符号は使われていません。常にゼロ、「不明」です。わからないはずないでしょ、と思うんですがいつもゼロです。適当ですね。

ちなみに、現在最もポピュラーに使われているのはSGP4と呼ばれるアルゴリズム。実は、このアルゴリズムの元になったSGPというアルゴリズムを開発したのは日本人天文学者、古在由秀先生です。氏が自ら半生を綴った「新・未知への群像」というサイトは凄く面白いです。凄いことがしれっと書いてあったりしてびっくりします。古在先生はもっと知られていいと思うんですよね... いまも世界中の衛星運用で使われている位置計算アルゴリズムの基礎をスプートニクの時代に作ったすごい人です。

ref. 新・未知への群像 ※文字コードをEUC-JPにしないと文字化けします
http://www.sci-news.co.jp/contents/kozai/frame.htm

SGP4のアルゴリズムは論文になっています。ま、読んでも素人にはさっぱりわかりません。プログラムのソースコードがついています。FORTRANという言語のすご〜く古いバージョン(IV)で書かれています。時代を感じますね。

ref. CelesTrak: Documentation
http://celestrak.com/NORAD/documentation/

ちなみに GoogleSatTrackはこのアルゴリズムをJavaScriptに自前で移植したものを使っています。ライブラリのソースコードをGitHubで公開していますので。遊んでみたい方は以下のリンクからどうぞ。

ref. GitHub: lizard-isana/orb.js
https://github.com/lizard-isana/orb.js/

§ 通番(Element set number)

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ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A   13158.50723059  .00016717  00000-0  10270-3 0  9040
2 25544  51.6453 156.3482 0010707  41.5842 318.6122 15.50690189 33209

次はここ、これは軌道要素の発行番号、「904」は、そのまま最初に発行されてから904回更新されたという意味です。計算には使いません。

追記: 2015年2月3日以降、SpaceTrack(JSpOC)から発行される2行軌道要素は、ここが発行時から「999」に固定されています。これは桁があふれて1に戻ってしまった場合に混乱が生じるからとのこと。

§ チェックサム(Checksum)

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1 25544U 98067A   13158.50723059  .00016717  00000-0  10270-3 0  9040
2 25544  51.6453 156.3482 0010707  41.5842 318.6122 15.50690189 33209

さて、1行目もこれでおしまい。最後はチェックサムと呼ばれる数字。これは2行目の末尾も同じです。これは、数字に間違いが入っていないかをチェックするための数字。コンピューターで処理することを意図したものなので、誤記が入っていないかチェックするんですね(なにしろ元々はパンチカードですから)。計算方法は簡単。数字を全部足して10で割ったあまりです。ただし「-」を1と読み替えます。後のスペースやピリオドや+の記号は無視します。計算には使わないのであまり気にしなくても大丈夫です。

ふう、これで1行目は終わりです。おいこらちょっと待て。肝心の軌道の形だの、衛星の位置だのが全然出てきてないじゃないか!そうなんです。実は二行軌道要素の1行目は大したことは書いてありません。重要なのは、日付と空気抵抗の数字ぐらいです。というわけで、いよいよここからが本番!(やっとかよ)2行目に行きましょう。

§ 軌道傾斜角(Inclination)

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ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A   13158.50723059  .00016717  00000-0  10270-3 0  9040
2 25544  51.6453 156.3482 0010707  41.5842 318.6122 15.50690189 33209

次はここです。これは軌道の傾きを表す数字。単位は「度」です。国際宇宙ステーションは約51度。これは「赤道から51度傾いている」という意味です。絵にしたほうがわかりやすいですね。目安に赤道の所に高度400kmの円を置いてあります。下の絵で国際宇宙ステーションは左下から右上に、南西から北東へ向かって飛んでいます。

OrbView: http://bit.ly/18Yr3BJ

ゼロ度だともちろん赤道と平行になります。じゃあ90度だと... 両極を通る軌道です。こんな感じ。飛んでいる方向は、そう南から北です。

ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A   13158.50723059  .00016717  00000-0  10270-3 0  9040
2 25544  90.0000 156.3482 0010707  41.5842 318.6122 15.50690189 33209

OrbView: http://bit.ly/14ifwcU

では90度を超えるとどうなるでしょうか?ISSの軌道傾斜角に180を足してみると...

ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A   13158.50723059  .00016717  00000-0  10270-3 0  9040
2 25544 141.6453 156.3482 0010707  41.5842 318.6122 15.50690189 33209

OrbView: http://bit.ly/110a0rd

ちょっとわかりにくいかもしれませんが、そのまま裏返しになって、地球の自転とは逆回りになるんです。上の絵では右下から左上に、南東から北西に向かって飛んでいます。

つまり軌道傾斜角を見れば、軌道の傾きだけじゃなく、衛星が地球に対してどっち向きにまわっているかがわかる、ということです。

実際には、逆回りの衛星というのはあまり多くありません(打ち上げの時に地球の自転の力が利用できないので不利なんです)。地球をくまなくガバーする必要があるGPSのような測位衛星やイリジウムのような通信衛星は一部がこの逆向きの軌道を使っています。また、太陽を追いかけるように飛ぶ地球観測衛星などは、98度とか97度という軌道傾斜角を持っています(この角度にはもう少し深い意味があるんですが、ただでさえ長い文章が更に長くなるので割愛します。気になる人は「太陽同期軌道 昇交点赤径 永年摂動」とかでぐぐって下さい)。

この軌道傾斜角からもうひとつ分かるのは。衛星の直下点がどの緯度まで上がってくるか、ということです。たとえば、軌道傾斜角51度のISSは緯度51度まで上がってきます。ちょっと不思議な気もしますが、真横から見れば一目瞭然です。

§ 昇交点赤径 (Right Ascension of Ascending Node)

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ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A   13158.50723059  .00016717  00000-0  10270-3 0  9040
2 25544  51.6453 156.3482 0010707  41.5842 318.6122 15.50690189 33209

次はここです。昇交点赤経、いかにも専門用語という感じですね。昇交点というのは「軌道が赤道面と交わる場所」のことです。当然2箇所ありますが、ここでは南から北へ横切る地点です。昇交点赤経は基準となる位置からこの昇交点が地球の自転軸を中心にどれくらい回ったところにあるか、という数字です。これで軌道がどっちを向いているかわかります。

絵を描きましょう。もう一度上の軌道要素をそのまま描きます。赤道上の赤い円とISSの軌道を示す緑色のラインが交差している場所が「昇交点」です。

OrbView: http://bit.ly/18Yr3BJ

ここで、昇降点赤経に90度足すとこうなります。軌道全体が地球の自転軸を中心にグルっと回ったのがわかりますか?真上から見ると昇交点の位置が東に90度ずれたことになります。

ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A   13158.50723059  .00016717  00000-0  10270-3 0  9040
2 25544  51.6453 246.3482 0010707  41.5842 318.6122 15.50690189 33209

OrbView: http://bit.ly/15CEl2n

さて、さきほど少しごまかして「基準となる位置」と書きましたが、これどこから測った角度でしょうか?地球の周りをまわっているんだから緯度経度0の地点でOK...とは行きません。なにしろ地球は自転しているので、衛星から見ると地球上にある地点というのはどんどんずれていっちゃうんです。

そこで登場するのが「春分点」。春分というのは正確に言うと太陽が赤道上空を南から北へ通過する瞬間のことです。春分点はこの時の赤道上の位置です(要するに太陽の昇交点ですね)。春分点は星空の中のほぼ同じ方向にくるので、宇宙での方角を表すのにピッタリの場所。現在はおおむねうお座の方向にあります(実際には地球の自転のブレに伴って、ごくごくわずかづつ変化しています)。

実は「赤経」というのは、衛星の位置だけでなく、天文学の分野で星の位置を表すのに、春分点からの東西方向の角度として普通に使われる用語です(南北は赤緯)。昇降点の赤経、実は字面そのまんまの数字です。

さて、これでこれで軌道の角度と向きがわかりました。次は?

§ 離心率(Eccentricity)

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ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A   13158.50723059  .00016717  00000-0  10270-3 0  9040
2 25544  51.6453 156.3482 0010707  41.5842 318.6122 15.50690189 33209

次はココ、離心率です。これは軌道の形を表す数字。御存知の通り衛星の軌道というのは楕円を描いていますが、これはその楕円が円からどれくらいひしゃげているか、というのを表す数字です。軌道要素に出てくる数字列は頭のゼロと小数点が省略されています。上の数字を書き下すと「0.0010707」です。数字はゼロから1の間、ゼロに近づくほど真円に近く、1に近づくほど細長い楕円になります。

ISSはパッと見ほとんど真円ですが、中にはこういう衛星もあります。

MERIDIAN 6
1 38995U 12063A   13154.54631441  .00000267  00000-0  00000+0 0  1242
2 38995 062.9125 153.0958 7134453 295.0386 009.2449 02.00613016  4036

これは通称モルニア軌道と呼ばれるロシアの通信衛星などが使う軌道です。カッコの中に注目して下さい。ISSは小数点1桁までがゼロでしたが、こちらは小数点ひと桁目が7、離心率0.7です。かなり細長そうな軌道ですね。数字だけじゃわかりにくいので絵を書きましょう。

OrbView: http://bit.ly/10RIG1O

にょ~ん。地球が3つぐらい入りそうですね。遠地点が約4万キロ、近地点が約1200kmという長楕円軌道です。楕円軌道では、地球から遠ざかると衛星の速度はゆっくりに、近づくと速くなります(彗星なんかを思い出して下さい)。ロシアは緯度が高いために赤道上空の静止衛星の恩恵がほとんど受けられません。代わりにこういう長楕円の軌道を使って自国の上空になるべく長く留まるような軌道に通信衛星を配置しているんです。

ちなみに、天文(や数学)の世界でも離心率を使いますが、数字が1を超えることがあります。上で見たように0なら真円、1以下なら楕円になります。そして、1ちょうどで円が開いて放物線に、1を超えると双曲線になります。2行軌道要素の離心率には1の位が省略されています。つまり、二行軌道要素は楕円軌道、地球を周回する天体にしか扱うことができないということです。

§ 近地点離角(Argument of Perigee)

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ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A   13158.50723059  .00016717  00000-0  10270-3 0  9040
2 25544  51.6453 156.3482 0010707 295.0386 318.6122 15.50690189 33209

次はココ、近地点離角です(近地点引数と言ったりもします)。楕円軌道が一番地球に近づくところを近地点、一番遠くなるところを遠地点と言いますが、近地点離角は、この「近地点」が先ほど説明した「昇交点」からどれくらい離れているかを角度で表した数字です。言葉で書いてもわかりにくいですね

もう一度さきほどの「モルニア軌道」を使いましょう。

OrbView: http://bit.ly/10RIG1O

近地点引数だけをゼロにしてみます。

MERIDIAN 6
1 38995U 12063A   13154.54631441  .00000267  00000-0  00000+0 0  1242
2 38995 062.9125 153.0958 7134453 000.0000 009.2449 02.00613016  4036

OrbView: http://bit.ly/1b6Q4Yi

軌道が横倒しになったのがわかりますか?一番地球に近い位置が赤道のところに来ていますよね。これを90度にすると...

MERIDIAN 6
1 38995U 12063A   13154.54631441  .00000267  00000-0  00000+0 0  1242
2 38995 062.9125 153.0958 7134453 090.0000 009.2449 02.00613016  4036

OrbView: http://bit.ly/ZuzfEF

そう近地点は北極付近にきます。180度は90度と同じように赤道上空、では270度は?そう、南極上空です。元のモルニア軌道を見て下さい。さきほど地球から遠ざかれば衛星はゆっくりに、近づけば早くなると書きましたが、高緯度地域に長く留まるためには、近地点はその逆、南極に近い位置にいなくちゃいけません。元の軌道要素はそれに近い数字になっていますよね。

§ 平均近点角(Mean Anomaly)

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ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A   13158.50723059  .00016717  00000-0  10270-3 0  9040
2 25544  51.6453 156.3482 0010707  41.5842 318.6122 15.50690189 33209

さて、次です。今度はいよいよ衛星の位置を表す数字です。これは元期の時間に、衛星が軌道上で近地点からどれくらい離れた場所にいたかを表した数字です。これもISSだとわかりにくいのでモルニア軌道を使いましょう。平均近点角をゼロにして、元期の時間に衛星がどこにいたかを計算してみます。

MERIDIAN 6
1 38995U 12063A   13154.54631441  .00000267  00000-0  00000+0 0  1242
2 38995 062.9125 153.0958 7134453 295.0386 000.0000 02.00613016  4036

13154.54631441=2013-06-07 09:00:00

OrbView: http://bit.ly/15LO9HY

衛星が一番地球に近い位置に来たのが分かるでしょうか?180にすれば当然....

MERIDIAN 6
1 38995U 12063A   13154.54631441  .00000267  00000-0  00000+0 0  1242
2 38995 062.9125 153.0958 7134453 295.0386 180.0000 02.00613016  4036

OrbView: http://bit.ly/14yzVHj

一番遠い位置に来ます。実はこの数字、単純な角度ではありません。楕円上の位置を指定するというのはなかなか厄介で、定義をいえば「対象とする軌道に外接する仮想の円軌道を想定し...うんにゃらかんにゃら(略)」という感じになります。普通は衛星の位置を手で計算したりすることはまずないので、「ああ、ここで元期の衛星の位置を指定しているんだな」で理解としては十分でしょう。

§ 平均運動(Mean Motion)

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ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A   13158.50723059  .00016717  00000-0  10270-3 0  9040
2 25544  51.6453 156.3482 0010707  41.5842 318.6122 15.50690189 33209

ここまでに軌道の向き、形、傾き。その上の衛星の位置まで決まりました。あとなにか残ってたっけ...? はい、平均運動は軌道の形や向きとその上の人工衛星の位置を決める上で必要な最後の要素で、その両者を結びつけるとても重要な数字です。

平均運動というのは、衛星が1日に軌道を何周するかを表す数です。この数字が分かれば、元期から現在までの間に衛星がどれくらい動いたか、つまり現在位置がわかります。そしてもう一つ、ここから軌道の大きさが分かるんです。さきほど、衛星は地球に近ければ速く、遠ければゆっくり動くと書きました。平均運動が小さいということは、ゆっくり動いているということですから、すなわち軌道が大きいということを意味します。

軌道を描いてみましょう。ISSは1日に15.5周します、これを1にしてみましょう。つまり1日1周です。ついでに少しイタズラをして軌道傾斜角をゼロにしておきます。

ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A   13158.50723059  .00016717  00000-0  10270-3 0  9040
2 25544  00.0000 156.3482 0010707  41.5842 318.6122  1.00000000 33209

OrbView: http://bit.ly/19KtJlf

円が凄く大きくなったのがわかりますよね。軌道傾斜角がゼロですから、この軌道は赤道上空にあって1日に1周するということになります。つまりこれは静止衛星です。本当ならばISSを静止衛星にするのは大変ですが、軌道要素をいじるだけなら簡単。数字を2箇所変えるだけでISSが静止衛星になってしまいます。

§ 通算周回数(Revolution number at epoch)

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ISS (ZARYA)
1 25544U 98067A   13158.50723059  .00016717  00000-0  10270-3 0  9040
2 25544  51.6453 156.3482 0010707  41.5842 318.6122 15.50690189 33209

最後はこちら。見出しを見ればわかりますよね。これは打ち上げられてからこの物体が軌道を何周したかを表す数字です。細かいことを言うと、打ち上げられてから最初に昇交点を通過するまでがゼロ、そこからの積算で数えます。ISSのZARYAモジュールは打ち上げられてから15年、その間に地球を3320周以上している...

といいたいところですが、さにあらず。1日16周するのに15年で3000周ちょっとなわけがありませんね。じつはこれ頭に8が省略されているんです(計算には関係ないので、数字の切れ目を見やすくするためでしょうね)。実は国際宇宙ステーションは最初のモジュールの打ち上げから地球を8万3000周以上しているんです。

※この部分をメルマガ版では3320周として説明していました。明らかに間違いです。失礼いたしました。訂正させていただきます。

§ 練習問題

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さて、では最後におさらいも兼ねてちょっと面白い軌道を紹介しましょう。一般名を隠しました。さて、これはどんな軌道でしょう?

1 37158U 10045A   13155.82828148 -.00000105  00000-0  00000+0 0  5521
2 37158 040.6301 180.7852 0756537 269.8983 236.1610 01.00293500 10010

一番特徴的なのは平均運動(01.00293500)でしょうか。ほぼ1になっていますね。じゃあ静止軌道?それにしてはけっこう軌道傾斜角(040.6301)がありますし、離心率(0756537)も大きめです。近地点引数(269.8983)はかなり南のほうです、ということは遠地点は北半球の緯度40度付近でしょうか。1日に地球を一周して、軌道が40度も傾いていて、楕円軌道... もうピンときた人もいるかもしれませんね。

OrbView: http://bit.ly/110iL4I

そう、これは日本の測位衛星「みちびき」の軌道です。モルニア軌道を思い出して下さい。これは「地球の自転に同期しながら、なるべく長い時間日本の上空に留まる」という条件を満たすための軌道です。みちびきの軌道がなぜこういう形をしているのか、もうなんとなくわかりますね。

§ おわりに

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というわけで、長々とお付き合いありがとうございました。まだまだ話し足りないことはたくさんありますが、これぐらいにしておきましょう。少なくとも、もう皆さんにとって軌道要素(TLE)は「暗号のような数字」じゃありませんよね。最初にも書きましたが、軌道要素には軌道の形や衛星の位置がそのまんま書いてあるだけです。これを使って人工衛星の位置を予測するにはいろいろ難しい計算が必要ですが、その意味を理解するだけなら、この通り数式も、計算も要りません。

でも、凄いと思いません?たったこれだけの数字を一連の数式に放り込んであげるだけで、人工衛星の位置はぴたっと決まります。魔法はどこにもありません。国際宇宙ステーションは、どこまでも厳密な物理法則に従って、これらの数字が指し示す場所と時間に、私たちが見上げる空を通り過ぎて行きます。あたりまえといえば、あたりまえ。でも、自分はそのあたりまえの揺るぎなさに、どうしようもなく惹かれるんです。

では、機会があれば、また。

§ 謝辞

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本稿は"宇宙好きによる宇宙好きのためのメールマガジン"『NYAISASメールマガジン』に寄稿させていただいたものを猫巻編集長のご好意により一部の表記の誤りなどを修正、増補の上、再掲載したものです。厚く御礼申し上げます。全てはNYAISASのために!

ref. NYAISASメールマガジン
http://www.mag2.com/m/0001322772.html

柏井勇魚/KASHIWAI, Isana
isana.k at gmail.com