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2017-12-07 世界を変えた小さな本の話

§WIRED CREATIVE HACK AWARD 2017#世界を変えたハック

Twitterで、面白そうなハッシュタグを見つけたので、こういうTweetをしたら、後日このTweetが『WIRED CREATIVE HACK AWARD 2017』の「ベストハックツイート」に選ばれたというご連絡をいただいた(ありがとうございます!)。でも、これがなぜ、どうやって世界を変えたのかについては、とても140字では書ききれない。せっかくなので、世界を変えた小さな本の話をしておこう。CREATIVE HACK AWARDのコピーを借りるなら、アルダス・マヌティウスと黎明期の印刷業者たちは「なにを、なぜ、いかにハックしたのか」そして、その結果、世界はどう変わったのかについて*1

ref. WIRED CREATIVE HACK AWARD https://hack.wired.jp/

*1 この文章は「活版印刷の登場とその影響」についておいしいところをつまみ食いしながら大雑把にまとめたものになっていて、あちこちぼやかして書いてあることからも分かるように、歴史学的な厳密性はあまりない。興味を持たれた向きは、ぜひ参考文献を始めとしたちゃんとした研究書を参照のこと。すごく面白いよ。

§ グーテンベルグの作った「本」

確かに、ヨハネス・グーテンベルクの金属活字を使った印刷術は革命的な技術だったけれど、その技術が人々の体験を変えるには少し時間がかかったし(100年くらい)、人々の意識を変えるにはさらに時間がかかった(200年~300年くらい)。実際のところ、グーテンベルグの「四十二行聖書」は、当時流通していた手写本や木版印刷とほとんど見分けがつかない。グーテンベルグは、金属活字を作ることで何か新しいメディアを作ろうとしたわけじゃなくて、当時の「本」の精巧なコピーを安価に大量に作ろうとしていた。

グーテンベルグの聖書は、たくさん装飾が施されていて、豪華で美しいけれど、すごく大きくて(30.7x44.5cm、A3サイズより一回り大きい)、重い(約6.4kg)。もちろん、これは我々が今の小さくてシンプルな「本」を知っているからそう見えるだけで、当時「本」というのはそういうものだった。人の手で書き写されていたから、文字は大きくならざるを得なかったし、必然的に本のサイズも大きくなった。もちろんとても高価で、その値段に見合うような豪華で美しい装丁が施されていた。そして本は台の上に鎖で止められ、基本的には立った姿勢で朗読するものだった。グーテンベルグが作ろうとしたのは、そういう「本」だ。

§ 印刷業者たちの競争

黎明期の印刷者は、グーテンベルグと同じように、自分たちが作る本を良質の手写本と同じにしようとした。彼らは手写本と同じ字体、同じ連字や略字を使い、ページを同じようにレイアウトした。当初、活版印刷に求められていたのは、これまでの手写本を効率よく安価に作れる手段だった。

やがて、印刷技術が浸透し始め、本が大量に"生産"されるようになると、同業者同士の熾烈な競争が起きた。その競争の中で、印刷業者たちは、新しい技術を使えば、本に新しい機能を追加できることに気づき始める。タイトルページ、奥付、ページ番号、欄外見出し、脚注、目次、索引、上付き数字、文献リスト... こうした現在の書物に当たり前に見られる多くのテクニックは、この競争の中で生まれ、洗練されてきたものだ。この時代、印刷業者たちは自分たちの商品が他の印刷業者のものに比べて、いかに美しいかだけでなく、いかに読みやすくて便利であるかを盛んに宣伝した。

そんな印刷業者の一人、アルドゥス・マヌティウス(アルド・マヌーツィオ)*1。彼が気づいたのは「本はもっと小さくできる」ということだった。彼は、手写本を模したページ欄外の注釈をやめて、細く小さな活字(現在のイタリック体はそのために彼が作った書体だ)と薄い紙を使って、小さくて持ち運べる小型の本を作った。そして、各ページに番号を振り、索引を付けた。これは数多いる印刷業者の小さな工夫(ハック)の一つでしかなかったし、小型本もページ番号も(おそらく)彼の発明ではない。けれど、彼が当時の技術を組み合わせて作ったその新しい「本」のカタチは、少し大げさに言えば、人のものの考え方を根本から変えてしまった。

*1 「アルドゥス・マヌティウス」はラテン語読み、「アルド・マヌーツィオ」は彼の母国語であるイタリア語読み。本来ならイタリア語読みで表記するのが正しいかもしれないけれど、うっかりラテン語読みでTweetしてしまったので、こちらで統一する。ちなみに、Adobeに買われる前にPageMaker(DTPソフト)を作っていたアルダス社は彼の名前に由来する。

§ 個人が本を持つということ

まず、本が個人で持てるようになった。これはすごいことだった。それまで、本を読むというのは、本を声に出して朗読することであり、その朗読を聞くことだった。つまり、読書は集団に属する体験だった。それが、本が小さくなったことで、読書は個人に属する体験になった。そして師が書物を朗読し、それを弟子たちが一字一字写し取り、それに注釈や解釈を加えることが学問の大半を占めていた時代から、個人が多くの本を目の前にして、それらを比較し、相互参照する時代が来た。学生は書物を筆写するという苦行から開放され、沢山本を読む、沢山の思想に触れる(その時代の学問の流行を読む)、その中から自分の考えをおこしていく、というのが学問の標準的なスタイルになった。この学問のスタイルの変化は、やがて知の体系化を生むことになる。体系化された知としての"思想"や、その時代全体の雰囲気を写し取る"流行"という概念は印刷技術以降のものだ。

そして、本は"黙読"されるようになった。確かにごく一部で中世以前から黙読は行われていたけれど、それは極めて特殊な技術だった。例えば、アウグスティヌスの『告白』には、アンブロシウスという僧侶が「声を出さずに」本を読んでいる様子が奇異なものとして描かれている。しかし、印刷革命以後、黙読は徐々に一般的なものになっていった。

それまで、声に出して読むことが前提だった本の内容は、直線的に読まれることが前提で、韻文が多用され、繰り返しの多い、今でいえば詩的な文章だった(当時は文章というのはそういうものだった)。それが、本を個人が所有するようになり、繰り返し読むことが当たり前になったことで、一冊の本の中で、あるいは異なる本の間で行きつ戻りつつ読むことが当然のように行われるようになった。その結果、学術関係のテキストは、きわめて論理的で、分析的になった。

さらに、大量に流通した小さな本とそれを黙読する習慣によって"独学"が可能になった。もはや学生は何かを学ぶのに必ずしも師を必要としない。また、写本時代において、学問とは主に会話によっておこなわれるもので、テキストはあくまでその補助的手段に過ぎなかったけれど、複数の書物を個人が所有するようになったことで、それが逆転した。以降、学問は書物を中心にして行われるようになる。学者は書物から学び、書物を著すために研究を行うようになった。

文学の世界では、本が学者や一部の貴族だけのものではなくなり、印刷業者たちがそこに新たな市場を見出したことで、次第に読むことが個人の娯楽として定着していった。印刷物に彼らが慣れ親しんだ俗語が使用されるようになり、さらに黙読の普及とともに、韻文による声に出されることを前提とした戯曲や詩ではなく、散文による小説が普及していく。現代的な意味での小説の登場と印刷技術の普及は切り離して考えることはできない*1

さらに、その地方で一般的に使われている俗語による書籍の大量流通は、その標準化を促し、やがて英語やドイツ語、フランス語といったその地方ごとの"国語"を産んでいく。一方で、それまで学者や貴族によって使われ、ヨーロッパでの共通語として機能していたラテン語は徐々に駆逐されていった。

*1 ちなみに、日本では同じことが明治期にわずか数十年というスパンで起きた。言文一致体と小説という新しい文芸ジャンルの登場は、明治期に導入された活版印刷と、それによってもたらされた"黙読"という新しい習慣の影響を受けていると考える専門家は少なくない。

§ 同じ本がたくさんあるという状況が産んだもの

まったく同じ内容の本が大量に存在するという状況は、単に多くの人々の手に多くの本が渡ったという以上の意味を持っている。それは、あなたの持っている本と私の持っている本がまったく同じだということだ。これは我々にとってはあたりまえのことだけれど、手写本はそうではなかった。

手写本には同じ物は一冊としてない。確かに内容的にはほぼ同じ物だけれど、ときには本文を上回る量の注釈が施された「本」は事実上一冊一冊が異なる書物だった。また、本を写す際、ひとりの人間が原本を読み上げ、それを何人かが書き留めるというかたちでコピーが行われていたため、単語の欠落や同音異義語の間違いなどが多く、しかも当然のことながら間違いの箇所も一冊一冊違っていた(手写本時代には正誤表は存在しない)。さらに、ある一つの作品の二つの手写本は、たとえそれが同じ口述を書き留めたものでも、それぞれのページが一致することはほとんどなかった。

「◯◯ページ、××行目」という形で本の中の特定の箇所が指定でき、そこに間違いなく手元の本と同じ内容が書かれていることが保証されるようになったのは、印刷技術以降のことだ。マヌティウスが、自らの商品にページ番号と索引を採用したことは慧眼と言っていい。それは当時最先端の技術だった。手写本時代にも索引や目次を付ける試みはわずかながら行われてはいたけれど、手写本のページ割りが一冊一冊異なっていたため、実際に使えるものになるには活版印刷の出現を待たなければならなかった。索引や目次が登場したことで書物の中に収められた情報にアクセスすることが飛躍的に効率的になった。

さらに、辞書が登場する。写本時代にも辞書に類するものはあるにはあったけれど、個人編纂の域を出なかったし、版を重ねながら内容をアップデートしていく、という現在の辞書編纂でごく普通に行われているやりかたは不可能に近かった。活版印刷技術によって生まれた標準的な辞書の存在が、文芸や学問の世界において語彙の拡大と標準化という意味で果たした役割は計り知れない。

§ "著者"と"読者"の誕生

実は、1冊の完成された本という概念は、印刷技術以降のものだ。それ以前は、本というのは、写字生の手によって書き写されながら、新しい内容を書き加えられたり、注釈を付記され続けながら育っていくものだった。そして、本を読むことは、それを朗読するのを聞くことであり、それを書き写すことであり、そこにコメントを加えることだった。そこには、本文を書く人とコメントを書く人のあいだに明確な切り分けはなかった。しかし印刷文化が浸透してきたことで、完成した書物という概念が生まれ、一人の著者と数多くの読者という図式が現れた。

その中で大きな役割を果たしたものの一つが表題紙(タイトルページ)だった。書籍にタイトルを付け、著者名を記すようになったのも、印刷業者の工夫の一つだった。例えばアレクサンドリアのプトレマイオス図書館は、タイトルや著者名ではなくテキストの書き始めの単語ないし語句で目録を取っている。中世になっても、書物に対して適切な書名や著者名を与えるということにはあまり関心が示されなかった。そのために、異なる人物によって書かれた文章が区別されることなく一つの写本の中に入れられてしまうことがしばしば起こった。

表題紙は、もともとは写字生が写本の一番最後に自分の名前、筆写の完了日、感謝の言葉等を書きこんでいたことに習って、本文を保護するために置かれた冒頭の白紙のページに印刷業者が会社の名前や、紋章、住所などを置いたのが始まだった。やがてそこに、本の内容や売り文句、著者の名前などが書かれるようになる。このような標題紙に頻繁に触れることは、書物を書くものにとっても読むものにとっても、著者というものの存在を強く印象づけたはずだ。

さらに言えば、当時の印刷業者たちが本というメディアに付け加えた目次、索引、ページ番号などの新たな機能も、本が完結した情報のパッケージであることを強く意識させるものだった。そうした意識の変化は著者と読者という関係を更に強化することになった。そして、この本というメディアが流動的なものではなく、1つの完結したパッケージであり、固定された著者がいるという概念は、やがて著作権という新たな権利の発生を促すことになる。

§ 情報の永続性

ものとしての耐久性という意味では、新たに登場したコンパクトな本は、羊皮紙で作られた旧来の大型の本に到底かなわなかった。本は書棚に半永久的に保管されるものから、持ち運ばれ、繰り返し読まれ、摩滅し、破損し、やがて廃棄されるものに変わった。ある意味で活版印刷によって本は消耗品になったといえる。

しかし、同じ内容の本が大量に流通することで、本の中身――情報は、むしろ永続性を獲得した。流通量が限られ、註釈などを含めて一冊一冊が異なる内容だった写本は、一冊が失われることはともすればその内容に二度とアクセスできなくなることを意味した。アレクサンドリア図書館の火事でどれほどの文書が失われたかを考えれば、本の大量流通によって情報が永続化したことが、いかにその後の思想、科学、文化を支えたかは想像に難くない。

§ 世界を変えたハック

さて、きりがないのでこれくらいにしておこう。こうやって、印刷され、小さくなった本は世界を変えた。

繰り返しになるけれど、これらの業績をすべてアルドゥス・マヌティウス一人の功績に帰することはできない。彼は印刷文化が浸透していき、世界を変える流れのある結節点にいた。それは印刷革命をグーテンベルグ一人に帰することができないのと同じだ。でも、彼と彼の同時代の印刷業者たちが積み重ねた小さなハックが、我々の思考そのものを根本から変えたことは間違いない。おそらく、彼らはそれが起きうることを知らなかった。そして、その新しい小さな「本」を(文字通り)手に取った中世の読者たちもそのことに気づいていなかったはずだ。革命というのは、ある朝突然にではなく、往々にしてそうやって、徐々に誰も気づかないうちに起きる。

翻って、我々を取り巻くメディアの環境を省みるに...と続けたいところだけれど、やめておく。今何が起きているかは、誰にもわからない。意識されないことがこの革命の本質だからだ。おそらく、革命はもうすでに、あるいは今も起きていて、我々の意識は変化の途上にある。

ただ、本が小さくなり、誰もが同じ本を手に取れるようになっただけで、世界はこれだけ変わった。そのことを頭の隅に置いておくのは、多分悪いことじゃないはずだ。

Happy Hacking!

§ Reference

  • マーシャル マクルーハン『グーテンベルクの銀河系』みすず書房 1986(amazon)
  • ウォルター・J. オング『声の文化と文字の文化』藤原書店 1991 (amazon)
  • J. デビッド・ボルター『ライティング・スペース』産業図書 1994 (amazon)
  • エリザベス・エイゼンステイン『印刷革命』みすず書房 2001(amazon)
  • アレッサンドロ・マルツォ マーニョ『そのとき、本が生まれた』柏書房 2013 (amazon)
  • アンドルー・ペティグリー『印刷という革命』白水社 2015 (amazon)

2016-07-07 アクセス数についての技術的な話と情緒的な話

§ はじめに

まずは御礼を。Jono JOI Realtime Simulation には7月5日の木星軌道投入の当日だけで133の国と地域から約4万PVのアクセスがありました。こんなに沢山の人に見て頂けたのは身に余る光栄です。ありがとうございます。楽しんで頂けたのなら良いのですが...

さて、そのアクセスログを眺めながら考えたことを少し。

§ ページビュー(PV)

ある時期から、自分のサイトのPVを気にするようになった。作品には広告などは入れない方針なので、アクセスを増やすことにはさほど興味はない。でもアクセス数はけっこう気になる。一つは、純粋に技術的な問題で、サーバの転送量に制限があるから。もう一つは情緒的な問題で、自分の作品がどれくらいの人に受け入れられているのかを知りたいから。

§ 技術的な話

技術面は、かなり差し迫った問題。Junoのシミュレータは1アクセスあたりの転送量が5MBほどある。計算や表示は全てブラウザ側でやっていて、サーバには静的なファイルが置いてあるだけだから、問題は転送量だけ。とはいえ4万PVで転送量は170GBになる。借りているサーバ*1には一時的に転送量の上限を緩和する機能が付いているけれど、この数字は通常の上限の2倍を超えている。上限が緩和されているからといって、のほほんとしていられる数字ではない。

実は、当日のピークの時間は、アクセス数をリアルタイムでチェックしながら祈るような気持ちで増えていく数字を見ていた。ひとりでも多くの人に触れて欲しいと思う反面、エラーで誰かをがっかりさせているんじゃないかと思うと気が気じゃない。アクセス数が想定以上に伸び始めたら、データやテクスチャのクオリティを一段低いものに差し替えるつもりで身構えていたけれど、その手は使わずに済んだ。

今回はJunoの木星軌道投入というかなり注目度の高いイベントだった。これに耐えられたというのは良い知らせ。一方で、TwitterやFacebookなどで更に多くの有名アカウントに紹介されていたらこの数倍のアクセスが来た可能性もある*2。今回サーバが止まらなかったのはただの幸運だったかもしれない。

一番簡単な対策は、サーバを増強するという方法。要するにお金で解決する。商用Webサイトを考えれば4万PV/dayはさほど大きい量ではない。サーバを上位のグレードに上げる、あるいは専用サーバを借りるなどすれば何も気にしなくてもいい。とはいえ、こんなアクセスは年に数回しかないし、商売でやっているわけでもないから、できればコストを掛けずに知恵と勇気で乗り切りたい。

転送量を減らすためにやれることはまだいろいろある。スクリプトはもう少し圧縮できるし、画像のクオリティも改善の余地はある。アルゴリズムを工夫すればデータ量ももう少し減らせる気がする*3。ただ、それで2倍には耐えられるようになるかもしれないけれど、おそらく10倍には耐えられない*4。今回くらいのアクセスでも、おそらく何日も続けばサーバは止まる*5。そろそろ、その先の手を考えておく必要があるかもしれない。

*1 さくらインターネットの共用サーバ

*2 あかつきの軌道投入の時に、あかつきの公式アカウントとNASAのキャンベラ深宇宙通信局に紹介された途端にいきなりアクセス数が倍に跳ね上がったことがある

*3 これはクライアント側での計算量がさらに増える可能性があるので実行速度とのトレードオフになる

*4 実は、GoogleSatTrackは30万PV/dayに達したことがある。ただ、GSTは一人あたりの転送量は数百kBしかない。こちらの問題は転送量ではなくGoogleMapのアクセス数制限

*5 かつてUARSやROSATという衛星が地上に落下するという話が話題になった時は、GoogleSatTrackへ万単位のアクセスが数日間続いた

§ 情緒的な話

問題という言い方は少し変かもしれない。ようするに、沢山の人に見てもらえてとても嬉しい、という話。前にも同じようなことを書いた気がするけれど、何度でも書いておく。これは絶対に忘れてはいけない話なのだけれど、気を抜くとすぐに忘れてしまうから。

4万PVという数字は、上のように技術的に見れば、ただのサーバへの負荷でしかない。どうやって大量のアクセスを捌くか、どうやってサーバへの負荷を低減するか、そのための指標になる数。でも、実際には、その数は誰かが自分の作品を見るためにページを開いてくれた回数だ。そう考えると133ヵ国、4万PVというのは気が遠くなるような数だ。

これを書いている今も、あのページには常時数十人がアクセスしている。アメリカの西海岸からスマートフォンでアクセスしているこの人はどんな人なのだろう?まて、ロンドンは真夜中じゃないか、こんなページ見てないで早く寝たほうがいいよ。ロシアは今は朝、もしかしたらJunoの話を今朝はじめて知ったのかもしれない。おはようございます。昨日すごいことがあったんですよ...その1クリック、1クリックの裏に誰かがいて、それぞれにバックグラウンドがある*1。みんな楽しんでくれただろうか?がっかりしたりしなかっただろうか。できればみんなにありがとうをいいながら握手をしたいくらいなのだけれど...

あるいは、ログファイルを見ていると、たまたまアクセスが重なって503(アクセス過多)のエラーが出ていることがある。データ上はただのエラーコード。でも、これはクリックしたにも関わらず誰かがサイトを見られなかったということだ。ああああ、ごめんなさい、ごめんなさい。どうかあきらめないで、もう少したってからまたきてね(´・ω・`)ノシ

いつからか、これは何かを作る上でのモチベーションというだけでなく、作品そのものの根幹を形作るようになった。

だいたい僕の作る作品は、いつも機能がすごく少ない。それは技術が追いついていないというのが半分だけれど、もう半分は意図的なもの、見ている人の想像力を邪魔したくないからだ。ふとしたきっかけでこのURLに出会い、なにげなくクリックする。100人いれば100通りのJunoとの出会い方がある。そのときの体験を、あるいはその時の思いをなるべく邪魔したくない。日常の体験の中に、するりと入り込むようなものでありたい。

だから、誰もが日常的に使うブラウザじゃなきゃいけないし、そのために何かをインストールするのでもいけない。いちいち前置きはいらないし、画面に余計なものはいらない。極力シンプルで、簡単で、でも見聞きする話と違和感がないくらいには正確でなくちゃいけない。ブラウザでURLを開くだけで、たとえば星空を指差すように、探査機の今いる場所がわかる。僕が作りたかったのはそういうサイトだ。

そうあれかしと願っているけれど、思い描いているものが、どこまで実現できているかはよくわからない。でも、こうやってアクセスログを眺めていると、少なくとも自分のしようとしていることは間違っていないと信じることはできる。

あの日、少なくとも数万の人達が、あの作品を通じて、人類が木星に探査機を送り込むのを見守っていた。そのことを心から誇りに思う。そのひとつひとつの体験が少しでも豊かなものであったことを願いたい。

最後にもう一度お礼を。ありがとうございます。また何か作ります、これからもどうぞごひいきに。

*1 いちおうBotはアクセス統計からは排除されているので、これらはちゃんと「誰か」である可能性が高い

本日のツッコミ(全3件) [ツッコミを入れる]

> nanasi [仕事中でしたがスマホで見てました。 何億キロも離れた所と同じ景色が小さな携帯画面でリアルタイムに再現されていると思う..]

> Makoto [宇宙旅行や「銀河帝国の興亡」の世界に行けるので,少年時代に空を見上げていたとき以上にドキドキする時間を持てます。  ..]

> isana [ありがとうございます!楽しんでいただけたのなら何よりです。現状では時間の流れ方を変えるのはシステム的に難しいですが、..]


2016-07-04 Juno木星軌道投入リアルタイムシミュレーション

§ 2016年7月5日 Juno木星軌道投入

日本時間 2016年7月5日午前11時30分(午前2時30分 UTC)、NASAの木星探査機Junoが木星の軌道に入ります。例のごとくJunoの現在位置を見られるサイトを作りました。

Juno Jupiter Orbit Insertion Simulation
http://www.lizard-tail.com/isana/orb/misc/juno_spacecraft/

WebGLというブラウザ上で3DCGを扱う技術を使っていますが、比較的最近のブラウザであればプラグインの導入などなしでそのまま動くはず(Chorome, Firefox推奨)。スマートフォンやタブレットでも動きます。マウスでの視点変更、スクロールホイールで拡大縮小ができます。左上の歯車アイコンの中に、時刻系の設定(後述)、各種の表示のON/OFFなどの設定項目が入っています。

当日はNASAなどでも中継が行われる予定です(後述しますが木星との時差に注意)。

NASA Updates Coverage for Juno Mission Arrival at Jupiter
http://www.jpl.nasa.gov/news/news.php?feature=6548

追記: 簡単なリピート機能をつけました。左上の歯車アイコン>時計アイコンをクリックすると出てくるリストから起動できます。リスト最上段の"Current(clear repeat mode)"で現在時間に戻ります

さて、せっかくなので、Junoのミッションと軌道投入のプロセスについて、まとめておきましょう。

§ Junoについて

Junoは2011年8月5日にNASAが打上げた木星探査機です。2013年の地球スイングバイを経て、約5年かけて木星に到達しました。Junoの主目的は木星の磁場と放射線帯の探査です。木星は太陽系で最も強い磁場と放射線帯を持っていますが、Junoはその内側まで侵入して探査を行います。Junoは木星表面(1気圧面)から数千キロまで接近します。かつてここまで木星に接近した探査機はありません。Junoは広報用の可視光カメラも積んでいますから、きっと驚くような映像を送ってくれるはずです。

外観上の特徴はその大きな太陽電池パネル。画面ではサイズが良く分かりませんが、機体の幅は約20mあります。探査機が太陽電池を持っているのは当たり前と思う向きもあるかもしれませんが、さにあらず。木星は太陽から遠く、太陽の光が非常に弱いんです。これまで木星に到達した衛星はすべて核物質の崩壊熱で電力を発生する原子力電池(原子炉ではありません)を搭載していました。太陽電池だけで木星まで到達したのはJunoが初めてです。

ちなみに、1枚の太陽電池の先についているのは、栓抜き....ではなく磁力計です。搭載機器などの影響をなるべく少なくするために、本体から一番遠い場所につけてあるんです。

シミュレーションの画面を見ると分かりますが、Junoは常にゆっくりと回転しています。これはスピン安定とよばれる姿勢安定方式。機体を回転させることで機体を安定させています。内部にリアクション・ホイールと呼ばれるジャイロを持たせて姿勢を制御する「3軸制御方式」に比べて機構がシンプルなのが特徴ですが、逆に細かな姿勢制御は苦手です。Junoの姿勢制御はすべてリアクション・コントロール・システム(RCS)と呼ばれる小さなジェットを吹かすことで行われます。

§ 木星との時差

木星は現在、地球から8.7億キロの彼方にあります。光の速度を使っても約48分かかります。つまり、我々が地球でJunoに起きていることを知ることができるのは、実際にことが起こった48分後ということになります。この、地球でJunoで起きていることを知ることができる時刻のことを ERT: Earth Receive Time(地球受信時間、地球時間)といいます。そして、探査機上で実際にコトが起きた時間をSCT: Spacecraft Time(探査機時間)といいます。遠方での探査機のイベントはこの2つの時間のどちらで表現されているかに注意が必要です。

上記のシミュレータは、デフォルトの状態では実時間で動いています。いま、この瞬間にJunoで起きていること、つまり探査機時間(SCT)です。一方、事前の情報などを見るとNASAの中継などは地球受信時間(ERT)で行われるようです(スケジュールがすべてERTで書いてあります)。そうしないと管制室での様子と、探査機のシミュレーションが合わなくなりますからね。

これだと中継を見ながら参照するのに困るので、上記シミュレータではERTで動くモードを付けてあります。左上の歯車のアイコンをクリックすると出てくる設定画面に”Earth Receive Time mode”とあるチェックマークを入れると、48分前の状態を表示します。また、同設定画面の時計アイコンをクリックするとSCTとERTの両方の時間で軌道投入のシーケンスが入れてあります(ただの表です)。メイン画面の右下の時間と距離の表示にも、ERTとSCTが併記してあるので参考にしてください。

§ 軌道投入のシーケンス

Junoの軌道投入当日のシーケンスは、投入の約2時間前から始まります。軌道投入に必要なプログラムはすでに探査機にアップロードされ、当日はほぼすべてがオートで行われます。なにしろ片道48分、往復で1時間半以上かかりますから、地球からのコントロールは間に合わないんです。

シミュレータでは以下のシーケンスのうち外から変化がわかるもの、姿勢の変更、回転数の変更、スラスタの噴射などについては再現しています(一部、姿勢やタイミングでNASAの資料などに記載がなく、予測に頼った箇所があります)。

軌道投入125分前(09:25 JST, 00:25 SCT, 01:13 ERT) :

Junoは軌道投入に際して、姿勢変更を行うため、一時的に地球との通信状態が悪くなります。それに先んじて、このタイミングで機体中央の転送量が大きく、指向性の高い高利得アンテナから、転送量が小さい代わりに指向性の低い中利得アンテナへの切り替えが行われます。また、ここから、機体の状態を表す"Tone(トーン)"が発信され始めます。これは探査機の状態を256種類の”音”で表現するもので、どんなに通信状態が悪くなっても探査機の状態を把握できるようにするものです。

軌道投入122分前(09:28 JST, 00:28 SCT, 01:16 ERT) :

ここまではJunoは太陽電池パネルを太陽に向けた姿勢を取っています。このタイミングで、Junoは軌道投入噴射に向けて機体の姿勢を変え始めます。最初はごくゆっくり、太陽から約15度離れる姿勢まで動かします。

軌道投入50分前(10:40 JST, 01:40 SCT, 02:28 ERT) :

ここから、姿勢変更の第2段階。15分ほどで軌道投入姿勢まで一気に姿勢を変更します。

軌道投入37分前(10:53 JST, 01:53 SCT, 02:41 ERT) :

ここから通信を中利得アンテナから、さらに指向性の低い低利得アンテナに切り替えます。

軌道投入33分前(10:57 JST, 01:57 SCT, 02:45 ERT) :

軌道修正で生じた振動を止める"nutation dumping"と呼ばれる操作を行います。

軌道投入28分前(11:02 JST, 02:02 SCT, 02:50 ERT) :

軌道投入噴射に向けて、姿勢の最後の調整が行われます。

軌道投入22分前(11:08 JST, 02:08 SCT, 02:56 ERT) :

この時点まで、Junoは2RPM、1分間に2回転する速度で回転しています。このタイミングで、軌道投入噴射時の姿勢の安定性を上げるために、約5分間かけて回転数を5RPMまで上げます。

軌道投入噴射開始(11:30 JST, 02:30 SCT, 03:18 ERT) :

軌道投入噴射の開始。一連のイベントはここが起点になっています。噴射は35分間続き、その間にJunoは480m/s減速します。木星の軌道に入るためには最低でも20分間は噴射が継続しなければなりません。何らかの原因でその前にエンジンが止まると、Junoは再び惑星間軌道へ飛んでいってしまいます。

軌道投入噴射から35分(12:05 JST, 03:05 SCT, 03:53 ERT) :

軌道投入噴射が終わる時刻です。

軌道投入噴射から37分(12:07 JST, 03:07 SCT, 03:55 ERT) :

5RPMで回転していた機体を、5分かけてふたたび2RPMまで下げます。

軌道投入噴射から49分(12:19 JST, 03:19 SCT, 04:07 ERT) :

約15分かけて姿勢を再び太陽に向けます。

軌道投入噴射から53分(12:23 JST, 03:23 SCT, 04:11 ERT) :

中利得アンテナに切り替えます。"Tone"が止められます。

軌道投入噴射から58分(12:28 JST, 03:28 SCT, 04:16 ERT) :

Junoは地上にテレメトリを送り始めます。おそらく地上でJunoの位置を正確に捉え、受信を始めるにはさらに20分ほどかかると予想されています。

§ 軌道投入後

この軌道投入噴射で、Junoは53.5日で木星の軌道を回る”Capture Orbit”と呼ばれる軌道に乗ります。この軌道を約2周した後、つまり軌道投入から107日後の2016年10月19日(日本時間翌20日)に軌道周期を下げるマニューバが行われます。これにより周期が14日の"Science Orbit"に入り本格的な科学観測が始まります。

Image: NASA/JPL

§ ミッションの終了

探査機の状態によっては延長の可能性もありますが、現時点での予定では、Junoはこの"Science Orbit"を約33周した後、木星の大気内に落下させることになっています。これは、木星の周囲の衛星に生命の存在の可能性が指摘されているため、万が一探査機が落下して汚染してしまうのを防ぐためです。


2016-03-11 語られた言葉と語られ得なかった物語について

§ 語られた言葉と語られ得なかった物語について

本題に入る前にまずは本の紹介から。

磯田道史『天災から日本史を読みなおす』(中公新書)(amazon)

本書は、朝日新聞に2013年から2014年にかけて連載された「磯田道史の備える歴史学」を一冊にまとめたもの。著者は史料に残された地震や津波、台風などの災害の記録を丹念に読み解きながら、現代にも活かされるべき知恵や教訓を引き出していく。ひとつひとつの記録は実に生々しく、そして東日本大震災の被災者の方々の証言にあまりに似ていることに驚く。

ここに書かれているのは、我々が今住んでいる場所で、かつて起きたことだ。そして、これから先起きないという保証は全くない。いや、むしろいつか必ず起きるであろうことの予言でしかないだろう。今も昔も、大地は揺れ、津波が起こり、山は崩れる。治水や防災の技術は進んだけれど、僕達一人ひとりに厄災が降りかかった時に取りうる選択肢は決して多くないし、それは今も昔もさほど変わらない。これはきっと傾聴に値する言葉だと思う。

***

さて、僕がこの本を手にとったのは、1707年の宝永大震災で起きた津波の記録『柏井氏難行録』が紹介されていたからだ(朝日新聞の掲載時に家族から教えてもらった)。名前を見て、もしかしてと思った向きもあるかもしれない。『柏井氏難行録』を記した柏井貞明は、どうやら僕の遠い遠い親戚らしい。

曽祖父にあたる柏井園は土佐の生まれで、三好源氏に連なる旧土佐藩士の長男だったそうな。土佐には柏井の名前を冠したお城があって、三宮筑後守親庸の次男如光が分家して柏井氏を起こし、ここを居城としたということなので、おそらくこの辺りのどこかに連なっているのだろう。柏井貞明が土佐郡久万村の出で被災後同村に戻ったとあり、柏井園が久万村にほど近い土佐郡旭村の出身だったそうなので、意外と家系は離れていないかもしれない。

『柏井氏難行録』は、柏井貞明が藩主の参勤交代に帯同した際、船上での暇つぶしの昔語りとして、子供の頃に被災した時のことを話したところ、あまりの話に一同驚き、記録に残せということになったものらしい。決して長い文章ではないけれど、最初の揺れから、津波の到来、波が押し寄せる中での避難、避難後の様子などが克明に語られている。

そして、『柏井氏難行録』の中で、貞明が難を逃れたくだりにはこうある。

「予は行手の左なる生垣にのほり流れ来れる板戸にのほらんとして乗得す、忽浪中に沈む、浪中にてたれとはしらず人に流れかゝりぬ、其人の腰刀をつかみとりはつし又とりつきて、はなれしと帯にしつかと取付ぬ、浪中の事なれは誰とはしらず、しかるに其人は家翁なり」

貞明は生け垣の上から流れてきた戸板に乗ろうとして失敗し、一旦は沈んだものの、水中で誰のものだかわからない腰刀を掴み、その人の帯にしがみついた。波の中なので最初は誰だかわからなかったけれど、後に父(柏井実慎)だったと分かる。

この記述の直後には、自分の母(貞明の祖母)を見つけた父(実慎)が、思うように水の中を進めず、仕方なく背負っていた5歳の娘(貞明の妹)を捨て、母を救いに行くという生々しい描写が出てくる。結局、貞明の一家で生き残ったのは、貞明と父と祖母だけだった。

***

縁というのは不思議なもので、普段なら胸を痛めながらも一つの記録として読んだであろうこの一節を、自分に引き寄せて考えることを止められない。

実際は、僕が柏井貞明の直系である可能性はほとんどないだろう。でも、もしかしたら、と思う。もしかしたら、300年前の津波で父の帯を掴んだ9歳の少年の手が数センチずれていたら、僕はここにはいないかもしれない。水の中、指先に触れる帯の感触を想像する。あるいは、もがく甲斐なく空を掴む手を。

そして、その数センチの幸運をつかめなかった何千、何万という人たちのことを思う。伝えられることのなかった何千、何万の物語。そこから連なるはずだった何億、何兆もの可能性。

そうした物語をすべて引き受けることはとてもできないけれど、せめて伝えられる犠牲者の数字のひとつひとつに、語られ得なかった幾多の物語があることを、忘れずにいたいと思う。

§ Reference:

柏井氏難行録, 歴史学による前近代歴史地震史料集, 前近代歴史地震史料研究会, 新潟大学
http://dspace.lib.niigata-u.ac.jp/dspace/handle/10191/32471/

今高 義也, 柏井園と平家物語, 人文学と神学 第8号, 東北学院大学
http://www.tohoku-gakuin.ac.jp/research/journal/bk2015/no03.html


2015-07-15 GoogleSatTrackの公開から10年

§ GoogleSatTrack(GST)

10年前の今日、GoogleSatTrack(GST)というWebサイトが生まれました。

GoogleSatTrackはGoogle Map上で人工衛星を追跡するWebサービスです。ブラウザを開くと国際宇宙ステーション(ISS)の現在位置が表示されます。基本的にただそれだけのサイトです(実は他にも色々できますが、全部左上の見えづらい歯車アイコンの中に隠してあります)。

でも、ただそれだけのサイトが、ただそれだけになるまでにはずいぶん紆余曲折がありました。当時はよもや10年も続くとは思いもしなかったんですが...

§ そもそものはじまり

Google Mapsという画期的な地図サービスが発表されたのは2005年2月、Google Maps上で衛星写真が使えるようになったのが2005年4月です。今では当たり前のように使われていますが、発表された当初は衝撃的でした。これほど簡単に全球の衛星写真にアクセスできる方法はそれまでなかったんです。当時、衛星画像の地図をつつきながら宇宙から地上を見たらこんな感じかなあと思っていたのを覚えています。

そして2005年6月末にGoogle Maps APIというGoogle Mapsを外部からコントロールできるしくみが発表されました。もし、ISSの現在位置を地図上に表示できたら宇宙飛行士の気分が味わえるかもしれない。それがGSTを作り始めた最初のきっかけです。

天体の位置計算については、遊びでいじっていたので少し知っていました。人工衛星の位置は二行軌道要素(TLE)と呼ばれるデータから計算すれば出せる、というのは調べればすぐに分かりました。手元にあるものでできるのが分かれば、あとは隙間を埋めるだけです。

いまはネットがありますから、勉強するのもそんなにお金はかかりません。試すのもブラウザとテキストエディタでできますから、ただみたいなものです。必要なのは時間と根気だけ。時間は多少の寝不足と引き換えに、根気はもともと持ち合わせがないので勢いで乗り切ることにしました。

そうやってできたのが最初のバージョン。公開は2005年7月15日。画面はこんな感じでした(これは今のGoogle Mapsで再現した復刻版です。地図のコントロールなどの形が当時とは違います。また位置は正しくありません)。

ただ地図の上にGoogle Mapsのデフォルトのマーカーが置いてあるだけ。Google Maps APIのサンプルページと大差ありません。機能もページが読み込まれた時の位置を表示するだけで、位置の自動更新はしません。精度も悪く平気で位置が数百kmもズレたりしていました。今から思えばひどいできですが、でも当時の僕はこれを見て凄いと思いました。凄い、いまここにISSがいるんだ!

要するに、自分で自分の作ったものに感動したわけです。でも、それは最初にもくろんでいた「宇宙飛行士が見ているものが見られる」というのとはちょっと違うものでした。言ってみれば「ISSが今この瞬間にその場所にいる」という事実そのものに感動したんです。それはなんとも言えない高揚感を伴った、それでいてすうっと心の奥が透き通るような不思議な感覚でした。

これが直後に作ったバージョン2、公開は2005年07月29日。見た目はISSのアイコンを作ったくらいでほとんど変わりませんが、位置が自動更新されるようになっています。サーバ側でやっていた処理をブラウザ側で行うように書きなおして、放っておいても現在位置に追従するようになりました。これが今のGSTの原型です。

§ 迷走

そして、ここから迷走が始まります。色々細かい情報も表示させよう。今ISSにいるクルーのリストが出るといいかもしれない。ISSだけじゃなくて、いろいろな衛星を追いかけられるようにしよう。で、作ったのがバージョン2プラス。2005年8月3日公開です。

その後もコテコテといろいろな機能を付け加えます。見ている人とISSの距離や相対速度を出そうとしたこともありますし、衛星がどこからどの時間に見えるかという可視予測を組み込もうと思ったこともあります。新しい技術や知識を覚えて、とにかくそれを試してみたくて、思いつく限りの機能を突っ込みました。まあ、いかにも素人開発者がやらかしがちな失敗です^^;

なんだか凄そう!かっこいい!と思ったのもつかの間、すぐにつまらなくなりました。最初に自分のサイトを見た時の感動がどんどん薄れていくような気がしたんです。何かが違う、行きたい方向はこっちじゃない。そこではじめて、僕はこれが何なのかということを考え始めました。ここまではアイディアと技術的な興味だけで来た。でも、これは一体何だろう?

それが自分の中で形になり始めたのは2005年12月。GSTから派生したこの作品を作ってからです。

ref. Somewhere, right now...

見ての通り、ISSの現在位置です。ただそれだけ。他に何もありません。これができたとき、これだ!と思ったのを覚えています。僕がやりたかったのはこれだ。

今も、迷うとここに戻ります。

ISSが今いる場所が強烈に喚起するものがある。僕たちは遠くのことを考えながら、その距離を思い、強烈に今いる場所や時間のことを意識する。GoogleSatTrackという作品は、まずなにより、そのためのツールであって欲しい。だから余計なものはいらない。

そこから僕は画面上から機能をなるべく隠す方へかじを切りました。ブラウザを開くとISSがいる。ただそれだけであることを目指すようになったのはここからです。

§ 海の向こうで

サイトの開設から約1年、2006年7月の段階でアクセス数は月4万5千PV。ぽつぽつと海外の掲示板やMLなんかで話題にしてもらえるようになったのはこの頃です。どうやら世界中の人が楽しんでくれているらしい。 英語だけじゃなくて、フランス語やドイツ語で誰かが自分の作品の話をしていたりすると、すごく嬉しくて、ちょっとくすぐったい感じがしたものです。

そして、ある日アクセスログからたどったある掲示板にこんなことが書いてありました。

ちょうど上をシャトルが通った時に、子どもたちに教えたら、 外へ飛び出して、
"ハロー、アストロノーツ!"っていいながら空に向かって手を振ったんだ。

このポストを見た瞬間、泣くかと思いました(いや、ちょっと泣いたかもしれません)。そう、そうだよ、僕は君たちのためにこのサイトを作ったんだ。世界のどこかで、あのページを見て空を眺めてくれた人がいる。もしかしたら、僕の作ったものを見て、世界のどこかで誰かが、 ほんの少し普段と違うことを考えてくれているのかもしれない。

ああ、届くんだ。そう思ったのを覚えています。届くんだ。よかった、間違ってなかった。これでいいんだ。

§ 昼夜境界線

2007年10月、GSTに正式に昼夜境界線を追加しました(β版のリリースは同年7月)。これはずっとやりたかったんですが、結局作りこむのにほぼ1年かかっています。当時のGoogle Maps API はかなり制限が多くて、それを回避するのにすごく苦労したのを覚えています。

昼夜境界線は、GSTに「今」を組み込むための試みです。GSTには時計がついていません。内部ではかなり強く時間に依存したアプリケーションですが、外には一切具体的な時刻は出てきません。それを表現するのはISSの動きと昼夜境界線だけです。時刻というのは特定の場所に紐付いた数字です。それを排除した上で、今を表現するにはどうしたらいいか?その答えが昼夜境界線でした。

GSTは世界中のだれが、どこで開いてもあの同じ画面が表示されます。これは、「今」「ここ」という感覚から喚起されるものは、見る人によって、あるいは見る時々によって違う、ということに気付いたからでした。そして、今という感覚は時刻という数字が喚起するものではないんです。重要なのは今何時か、ではなくそれが今起きていることだという感覚なんです。

GSTには時間や場所を喚起させるものは山ほど入っていますが、具体的な場所と時間は一つしかありません。それはISSが今いる場所です。それ以外のすべての場所はGSTを見ている人のものです。たとえば、昔旅行で行った場所、知り合いが住んでいる街、今朝ニュースで聞いた国、そして今いる場所。しばらく見ていると、そういう人それぞれの特別な場所の上をISSが通っていきます。そこは今、昼でしょうか?あるいは夜でしょうか?あるいはあなたが今いる場所はどうですか?

ISSというのは、世界のどこにも属さないちょっと特殊な場所です。僕にとってISSが今いる場所、というのはそういう抽象的な、世界中のありとあらゆる場所、ひいてはこの星の全体と自分をつないでくれる特別な場所です。そしてGSTはその「場所」を表示するサイトです。だから、それ以外のものを画面の外に追い出すことにしたんです。

§ 夏のフロリダとスペースシャトルの最後の夜

この2つの出来事は当時結構話題になったのでご存知の方も多いかもしれません。

CBS Newsの記者を名乗る人からコンタクトがあったのは2008年2月。彼らのリクエストに答え、大幅に性能を上げたバージョン3.0をリリースしたのが2008年3月6日でした。このバージョンで位置の精度が大幅にアップし、衛星の未来位置を表すグラウンドトラックと緯度経度線が表示されるようになりました。

その後、ここにフルスクリーン表示とISSから見た日の出日の入りまでのカウントダウンを後から加えて、見た目はほぼ現行のGSTと同じになります(その後内部のロジックを全面的に書き換えて、2015年7月の時点で動いているのはv4.0系列です)。

そして、彼らに誘われてSTS-124の打上げを見に行ったのが2008年05月。ここからの話は以前記事にしたので、ここで繰り返すのはやめておきます。今から思い返しても、夢の中のようなちょっと非現実的な経験でした。

ref. Garbage Collection(2008-05-23):嘘のような、本当の話

ref. Garbage Collection(2008-06-10):嘘のような、本当の話、続き

あんな冗談みたいな体験はもうあれっきり思っていた、それから3年後の夏、スペースシャトルの最後のフライトでまた信じられないようなことが起きました。これも以前ブログに詳しく書いたので、そちらを読んでもらったほうがいいかもしれません。

ref. Garbage Collection(2011-07-24):スペースシャトルの最後の夜に..

僕は、この一連の経験をするまで「アメリカンドリーム」という言葉があまり好きじゃありませんでした。それは、その言葉が主人公がライバルを蹴落としながら這い上がっていく物語だと思っていたからです。でも、それはその話のごく狭い一面でしかありません。むしろ、それは山の物とも海の物ともつかないものに対して、誰かが"Good job!"と親指を立てるところから始まる物語です。それは対価とか見返りみたいな概念とは切り離されたところで"Good job!"と"Thank you!"だけで繋がっていくどこまでも純粋で精妙な関係です。

いいね!おもしろいね!すごいね!僕はそういう声の連鎖の果てに起きた小さな奇跡を知っています。アメリカンドリームなんていうほど大げさなものではありませんが、確かに奇跡は起きました。世界は変わったりしませんでしたが、人生は変わりました。ほんの少しですけどね。

これが、僕があの夏フロリダで、そしてあの夜に小さなストリーミングの画面の中で学んだことです。

§ いま、ここ

さて、今、GoogleSatTrackには月平均10万PVほどのアクセスがあります(ISSのミッションの状況などでかなり変動します)。

Google Analytics

これは2015年06月15日から2015年07月15日までのGoogleSatTrackへの国別アクセスです。ただ地図の上をISSのアイコンが動いていくだけのサイトに、約1ヵ月間で200を超える国と地域からアクセスがあります。

今、あのサイトにアクセスが途切れることはまずありません。あのサイトをあなたが見ている時、世界のどこかで、あなたと同じ画面を見て、高度400kmのあの場所に思いを馳せている人がいます。たぶん、住んでいる国も、話している言葉も、宗教も、文化も違う誰かです。たぶん、みんな、あのひょこひょこ動くアイコンを見ながら、遠くのことを考えています。

ね、すごいでしょう。僕はこの事実を思うたびに胸が一杯になるんです。僕たちはまだ遠くのことを考えていられる。だから大丈夫。なんとなくそんな気がします。

これがGSTという作品が10年かけて辿り着いた場所です。

そんなわけで、僕はこの10年ずっと遠くのことばかり考えてきました。もし、この作品を通じて、それがほんの少しでも誰かに伝わったのなら、それに勝る喜びはありません。これからもどうぞごひいきに。

ref. GoogleSatTrack - satellite tracker on googlemaps

本日のツッコミ(全1件) [ツッコミを入れる]

> 柏井 誠 [星空を見上げるときの感慨。太古の人々や誰かさんに思いを馳せながら。それに匹敵する想いのチャネルですね。]


2014-12-31 Works in 2014

§ 2014年に作ったもの

いつも作りっぱなしなので、覚え書きも兼ねて2014年に作った主な作品をまとめておく事にします。こうやって並べてみると、結局同じようなものばかり作っていますね。

§ 地磁気のシミュレーション

磁力線

JAXA宇宙科学研究所の教育ビデオ用に地磁気のモデルを可視化したものです(シナリオの担当だったんですが、なりゆきで^^; )。最終的には3DCGソフトに取り込んで映像化されました。データの解析にMacBookをほぼ24時間を回しっぱなしにして1週間かけても終わらず、CGクリエイターの方のところで空いている端末までお借りして計算したのも今となっては懐かしい思い出。

画像は途中で確認用に作ったWebGLのビュアーです。Webサイトの形でデータを公開する許諾を得ていないので残念ながら非公開。いずれちゃんと許可を頂いて公開したいですね。こういうサイエンスデータの可視化もCGクリエイターの方と組んで映像化したのも初めての経験でした。これはたのしい。機会があればまたやってみたいです。

プラズマ密度

最終的な映像になったものは、宇宙研ビデオ「宇宙へ飛び出せ」シリーズ第16巻『躍動する磁気圏 磁場から宇宙の謎にせまる』で使われました。地磁気リコネクションのシミュレーション映像としては他にないものになっているのではないかと思います。同ビデオはJAXA相模原チャンネル(http://www.isas.jaxa.jp/tv_isas/index.html)で公開されています(なぜかWMVフォーマットしかないので視聴環境が限られますが...)

2015-03-04 追記: Youtubeで公開されました。 Youtube: 躍動する磁気圏 磁場から宇宙の謎にせまる

§ だいち2号軌道ぐるぐる

5月24日に打ち上げられた地球観測衛星「だいち2号」の現在位置と姿勢を再現するサイト。モデルデータを作ったのは @moffmiyazaki さん。だいち2号だけでなく地球と太陽の位置もリアルタイムで計算して、レーダー面を常に地球に向けつつ、太陽電池パネルに太陽を追従させる、というちょっと複雑なことをやっています。見た目にはちっとも分かりませんが...

画面では、だいち2号は地表に対して30度傾いた観測姿勢をとっています。実は、これまで衛星の位置については扱ってきましたが、姿勢についてちゃんと考えながら作ったのは初めてでした。思うところあって変な座標系を取ったので(実は座標原点にだいち2号がいて、地球がその周りを回っています)、作っている最中は頭がパンクするかと思いましたが、とてもいい勉強になりました。

§ Hayabusa's View - Recreation of Hayabusa 's Return

6月13日、はやぶさから見えたであろう光景を同日同時間に再現するサイトです(期間限定サイトなので今は動いていません)。画面には徐々に近づいてくる地球と各イベントへのカウントダウンだけ、3Dで描かれているにも関わらず視点の変更もズームもできないという、どうかと思うほど機能が限定されたサイトでした。これは、ひとつは視点を固定することで、逆に見ている人が同じ体験を共有できるのではないかと考えたからです。もうひとつは画面上から意味を排除する事で、逆にその意味づけを見ている人それぞれの「はやぶさ体験」に頼る事ができるのではないかと考えたからでした。

その意味で、SNSで共有されることが前提で、しかもはやぶさの事を知らなければ全く意味をなさないサイトです。

何もかも初めての試みだったのでどっきどきでしたが、見てくださったみなさんのおかげてとてもいい経験をさせていただきました。最後の演出はぎりぎりまで迷って、最終版を組み込んだのは公開後、帰還の3時間ほど前でした。どんな演出だったかは... まあ、内緒にしておきましょう;)

自分で作っておいて何ですが、これは強烈な体験でした。個人的には何かを共有するということについて改めて考える良いきっかけになりました。FacebookのいいねボタンやTwitterの書き込みボタンを貼り付けることだけが「共有」ではないですね。もしかしたら、同じ時に同じものを見ているという感覚だけをゆるやかに共有する、というやり方がアプリケーションでもありうるのかもしれないと改めて思いました。星を見るみたいに。

来年もやりますね。

§ H2Track - online hayabusa2 tracker

はやぶさ2の現在位置と地球からの距離を表示するサイトです。はやぶさ帰還の日に、次世代機はリアルタイムで追いかけたいなと思ってからはや3年。どうにか自分の技術と知識が間にあいました。はやぶさ帰還再現サイトの時にぼんやり考えていた「共有」の意味を少し意識しながら作った作品です。はやぶさ2もはやぶさ初号機に負けず劣らず人々の思い入れの深い探査機です。「はやぶさ2の現在位置」に思い描くものも人によって、あるいは時間や場所によって違うはずです。

このサイトには、はやぶさ2の今の位置と距離以外は何もありません。誰がいつ見ても同じ。もちろん視点の変更や拡大縮小はできますが、見ているものは同じです。

同じものを見ながら、みんなが何となく違う事を考えている。それが僕の考える「共有」のありかたです。このサイトはそのためのツールでありたいと思いました。想像力の邪魔をしない、こちらから意味を提示しない、なるべく単機能で、なるべく多義的で、なんでも乗せられるシンプルな器のような何か。

3年前、このサイトを作ることを思い立ったとき、思い描いていたのはこうつぶやくことでした。

はやぶさ2はいまここにいます。
http://www.lizard-tail.com/isana/hayabusa2/

§ 2015年は...

2015年は、GoogleSatTrack公開10周年という自分にとってはちょっとしたメモリアルイヤーです。だから何をするというわけでもないんですが、ここまで来たかと思うとなかなか感慨深いものがありますね。まさか10年も続くとは...

というわけで、今年も色々作りました。たぶんきっと来年もてくてくと何かを作っているでしょう。どうぞ、これからもごひいきに。良いお年をお迎えください。では、また。


2013-07-02 Lizard's tail の季節

§ 半夏生

夏至から10日ほど過ぎた7月2日前後のこの時期は七十二候の1つで『半夏生』と呼ばれ、現在では「天球上の黄経100度の点を太陽が通過するとき」という区分になっています。

黄経(こうけい)というのは、天球上の位置を表す単位の一つで、地球の公転面を基準に、春分点の方向をゼロとして測った角度になります。春分が0度、夏至が黄経90度、秋分が黄経180度、冬至が黄経270度です。地球は太陽の周りを1年で一周するわけですから、黄緯100度は夏至から10度分、つまり約10日過ぎた当たり、ということなります。1年を72等分すると100度がだいたいこの辺りになるというだけで、特に見た目に分かるような現象が起きるわけじゃありません。

***

天文学的には特に特別な日というわけではありませんが、日本では昔から多くの地方でこの時期を特別な季節としてきました。なにやら色々食べたり、禁忌があったりと、なかなか面白い季節なので少し紹介しましょう*1

地方によっては、この時期の天候によってその年の稲の収穫を占ったり、豆や雑穀の煎り物を禁じていたりします。関西ではタコを食べたり(ちなみに、タコは夏の季語です)、讃岐では饂飩を食べたり、京都や山口では「ハゲダンゴ」といって団子を食べたりするそうです。福井では焼き鯖(40cmぐらいの奴)を一人一匹丸焼きにして食べるとか。

また、この時期に降る雨は必ず大雨になるといわれ、この季節に降る豪雨のことを半夏雨(半夏水)といいます。また、「天から毒気が降る」という言い伝えもあり、井戸に蓋をしたり、この日に取った野菜を食べないとする風習もあります。逆に地中に陰毒が含まれるので「この時期は毒草が生える」という理由で種蒔きを禁じ、ワラビやタケノコなどの野草を食べないという地方もあるようです(ただし、どちらも旬を外れているので収穫は難しそうです)。

この季節に田畑などに生える烏柄杓は、乾燥させると『半夏』という生薬になり、半夏生の名前の由来の一つとも言われていますが、生ではシュウ酸カルシウムを含むために食べることができません。もしかしたら上の毒草は烏柄杓のことかもしれませんね。

もうひとつ、その名も『半夏生』というドクダミ科の植物はこの季節に葉が半分だけ白くなり、夏の盛り頃になるとが元の緑色に戻ります(そのため『半化粧』の別名があります)。7月の茶花で、昔は「葉の白くなり加減」でその年の豊作不作を占ったとのこと。

また、ハンゲという妖怪がこの時期(特に7/2)に田畑を徘徊するため、農作業を休む地方もあるそうな。奈良の十津川の方では「半夏生に竹薮に入るとゴウラ(河童)がいる」等といわれたり、また関東の多摩川上流の地方では、この日にとある働き者の爺さんが死んでしまったとされ「ハンゲジイサンの日」として、この日には畑や竹薮に入ってはいけないという事になっているそうです。

毒草だったり、妖怪だったり、なんだかちょっと暗い影のつきまとう季節ですね。なぜ、この季節が特別な時期とされるようになったのでしょうか?これは半ば私見ですが、もしかしたら、梅雨が終わり農作業が一段落する季節に重なっていることも大きいのかもしれません。

たとえば「半夏半作」という言葉があるように、この季節はこの時期を過ぎても田植えをしているようではたいした収穫にならないという区切りの時期とされています。田植えが終わった時期の祭りを「半夏まつり」と呼ぶ地方も多く、作物に虫がつくのを避ける「虫送り」や雨乞いなどを行うこともあります。夏の前の短い農閑期、田植えの終わりの安堵と収穫に向けての不安がこれらの微妙な伝承や風習を生んだのかもしれません。

***

さて、なぜこんなにくどくどと半夏生のエピソードを集めているかというと... 実は上で触れた、葉が半分白くなる『ハンゲショウ』の英名(俗称)が"lizard's tail"だったりするんです(学名の Saururus chinensis の Saururus がトカゲの尻尾の意)。ただし、このサイトのドメイン名(lizard-tail.com)の由来はハンゲショウではありません。

本当の名前の由来は内緒です*2

*1 本稿は以前このサイトに掲載したものの改訂版です

*2 いや別に大した由来じゃないんですけどね

§ Referance

※本稿の内容は、複数の書籍やサイトから個人的に拾い集めたもので、特定の文献に基づくものではありません。その意味では学術資料的な価値はありませんので、くれぐれもご注意ください。

以下は代表的な百科事典サイトの半夏生の項目へのリンクです。


2013-01-21 中国が衛星破壊兵器の実験を計画中という噂について

§ 中国の衛星破壊兵器実験に対する懸念

年明けから、「中国がまた衛星破壊兵器の実験をするのではないか」「今度はGPSや静止衛星などの高軌道衛星をターゲットにするかもしれない」というニュースが流れています。まだ、確たる証拠のない「噂」の段階ですが、かなり嫌な噂です。

(2013.01.22 追記) 人民日報のWEB版が22日付けで、報道を否定する専門家の談話を掲載しています。内容は「中国は自国の衛星をも危険に晒すような無謀な実験は行わない」というもの。ただ、中国政府の公式発表ではなく、宇宙関連部隊を擁する中国人民解放軍第二砲兵部隊の教育機関に属する人の分析という形を取っています。

ref. Expert: China not to recklessly carry out ASAT test

中国は2007年1月11日に軌道上の自国の衛星「風雲一号C型」をミサイルで破壊するという実験を行い、その結果大量の破片が軌道上に撒き散らされ、スペースデブリ(宇宙ゴミ)となりました。これらの破片は衛星と同じく秒速数キロという速度で軌道を周回していて、国際宇宙ステーションや人工衛星に衝突すると大きな被害が出る可能性があります。実際に国際宇宙ステーションなどでも破片を回避するための軌道修正がしばしば行われています。

実験から1ヶ月後の「風雲一号C型」の軌道(白は国際宇宙ステーション)

また、2010年には弾道ミサイルを標的に、2007年の実験の発展型とみられるミサイルでの迎撃実験が行われました。中国側の発表では弾道ミサイルの迎撃実験とされていますが、2007年の実験の流れをくむ衛星破壊兵器の実験と見る向きもあります(この時はターゲットが弾道軌道だっためデブリの飛散はありませんでした)。

2007年の実験は高度850km付近で行われました。この高度では空気抵抗による軌道の低下が少ないため、破片は今後、数十年から数百年に渡って軌道にとどまると考えられています。もしこうした実験がGPSなどが周回する高度2万km、あるいは静止軌道上などの高軌道で行われると、破片は数千年から数万年軌道にとどまり、通信や測位、気象衛星などの運用に多大な影響が出る可能性があります。

§ 今回の経緯

今回の「懸念」について簡単に経緯をまとめておきましょう。

最初にこの話が出たのは昨年10月、米国の保守系ネットニュース『Washington Free Beacon』が、米国の諜報機関の内部情報という形で「中国が衛星破壊兵器の実験を計画中」という記事を掲載しました。GPSや早期警戒衛星などが周回する高高度を狙ったものではないか、という話もこの時にすでに出ています。ただ、この段階では大統領選が終わるまでは実施されないだろうという見方でした。

ref. Washington Free Beacon: China to conduct test of more powerful anti-satellite weapon capable of hitting GPS, spy satellites, but after U.S. election

この記事に対して、直後に中国国防部のスポークスマンが「そのような実験は計画されていない」と公式に発表。この話は一時は収束します。

ref. China Rejects Claim on Trying Missile for Destroying Orbital Craft:Global Security Newswire

しかし、今年に入って、1月4日に世界中の科学者を中心に組織されている非営利団体『Union of Concerned Scientists(憂慮する科学者同盟)』が、再び「中国政府の発表は嘘で、やはり実験が予定されているらしい」という記事を掲載しました。これもアメリカと中国両政府の内部情報によるものとされ具体的な情報の出どころはわかりません。内容的は最初に出た『Washington Free Beacon』とほぼ同じです。

ref.Is January Chinese ASAT Testing Month? - All Things Nuclear

これに対して、1月6日付けの『環球時報』(人民日報の国際版)が、実験の実施の有無は不明としながらも「衛星破壊兵器の実験はアメリカの宇宙での覇権に対する"トランプカード"であり、中国はその能力を保持すべきだ」という実験を肯定する論調の記事を掲載しました。

ref.Satellite test sparks overblown worries - Globaltimes.cn

これがここまでの流れです。

表面上は政府からの公式な発表は、昨年11月30日の中国国防部から出た「実験の計画はない」という公式発表のみ、あとは伝聞に基づくもので信頼に足る情報かというと疑問が残ります。とはいえ、アメリカ政府がリークという形で非公式にこうした発表を行うのはよくあることですし、人民日報は中国共産党の機関紙ですから政府の意向を汲むものと考えるのが順当でしょう。一連のニュースはあながち根も葉もない噂とも言い切れません。

実際、2007年の実験の際は、米国の航空宇宙関連雑誌『Aviation Week & Space Technology』のオンライン版が、政府内部からのリークという形で実験が行われたことを最初に報道。翌日、それを追う形でアメリカ国家安全保障会議のスポークスマンが「実験が行われたとみられる」という公式発表を行いました。中国は当初沈黙していましたが、5日後に実験の実施を公式に認める発表をしています。

単なる憶測に過ぎませんが、これまでの動きは両政府がメディアを使って間接的に牽制しあっている状態、という印象を受けます。単なる杞憂に終わればいいのですが....

§ 政治的背景

今回の衛星破壊兵器実験についての噂の政治的な背景はちょっと複雑です。無法者が無法なことをやろうとしているという単純な図式では語ることができません。実は、中国はこれまで一貫して宇宙空間で兵器を使用することに反対する立場を取り続けているんです。ここまでの経緯を読むと、え?という感じですが、これは事実です。

宇宙空間の軍事利用を制限する条約としては、1963年の部分的核実験禁止条約と1967年の宇宙条約がありますが、これらは宇宙空間での大量破壊兵器の使用・配備を制限したものです。この宇宙条約の内容を通常兵器まで拡張しようというアイディアは90年台から国連の軍縮委員会で度々議論されてきましたが、未だ合意には至っていません。そして、21世紀に入ってこの「宇宙空間での通常兵器使用」を制限する条約を主導してきたのは実は中国とロシアなんです。

2001年に中国が単独で、2002年と2008年には中国とソ連が共同で「宇宙空間でのすべての兵器使用を禁ずる」という趣旨の条約案を軍縮委員会に提出しました。これは「通常兵器の軌道上への配備」と「軌道上物体への武力による威嚇および武力の行使」を禁じるものです(偵察衛星や早期警戒衛星などの軍事衛星の利用はここには含まれません)。これらは一見素晴らしい提案にも思えますが、いずれもアメリカなどの反対により調印には至りませんでした。

最大の問題はこの「宇宙空間での兵器使用」に弾道ミサイルの迎撃が該当するか否かが曖昧な点です。冷戦以後、核兵器に対する対応は冷戦時代の報復力の強化から、種々の条約によって核兵器の全体量を減らしつつ拡散を防止し、万が一のために防御力を高めるというやり方にシフトしてきました。迎撃ミサイルはこのポリシーの要ですから、これの枷となるような事態は極力避けたいというのが実情でしょう。

アメリカ側から見れば衛星攻撃兵器を開発しながら「全ての武器使用を禁ずる」という条約への加盟を迫るのは矛盾していてとうてい信頼できない、ということになります。特に2008年は件の実験の直後ですから、信用しろというのも無理があるでしょう。逆に、中国視点で見れば、アメリカがこちらの提案を蹴って宇宙の軍事化を進めようとしている、これに対抗するためには我々もこうした兵器の研究をやめる訳にはいかない、ということになるでしょうか。

これは、どちらが正しいか、という話ではありません。国家間に無条件の信頼関係はありえませんから、どちらの言い分も「はいそうですか」と受け入れる訳にはいかないでしょう。お互いに銃を突きつけながら「おい、やめろよ」「お前がやめたら俺もやめるよ」と言い合っている...ある意味、冷戦時代の核軍縮協議と同じ構図とも言えるかもしれません。

§ もし実験が行われたら...

もちろん、冒頭で述べたようにスペースデブリによる直接の被害が起きる可能性がありますが、政治面でも大きな懸念があります。それは新たな実験をトリガーにさらに宇宙空間の軍拡競争が激化することです。上にも述べたように、現時点では宇宙空間の軍事化については、止めたほうがいいよねという暗黙のコンセンサスがあるだけで、実行力のある条約はありません。

実際、中国の実験の約一年後、2008年2月21日にアメリカが自国の偵察衛星を高度240kmで破壊するという実験を行いました。この実験は高度が低かったためデブリはさほど拡散せずに短期間で地上に落ちています。アメリカの発表では落下寸前の衛星を破壊することで大気圏で燃え尽きさせるという名目でしたが、タイミングを考えても中国の実験を意識していることはまず間違いないでしょう。また実験が行われれば同じ事が繰り返されないという保証はありません。

ここ最近、スペースデブリや地球近傍に接近する小惑星などの問題を通じて、持続的な宇宙開発のために国家間の協力が必要不可欠であるという考え方が徐々に一般的になってきています。デブリの低減などに関して行動規範が作成され、軌道上物体の監視などで協力体制を築こうという動きが盛んになってきました。つまり宇宙空間を人類共通の資産として共同管理しようという動きです。これには日本も大きくコミットしており、決して他人ごとではありません。衛星破壊兵器の実験はこうした動きにも水を差すことになりかねないんです。

噂が噂で終わることを切に願います。


2012-12-10 北朝鮮の「人工衛星」の飛翔経路予測

§ (追記:2016-02-04)2016年2月の北朝鮮人工衛星打ち上げ予告について

北朝鮮が2016年2月3日に再び人工衛星の打上げを行うと国際機関を通じて通告しました。現時点で打ち上げ予定日は2月8日~25日、時刻は北朝鮮時間の7:00~12:00(日本時間7:30から12:30の間)となっています。第1段、フェアリング、第2段の落下予測海域が通告されていますが、2012年とほぼ同じ海域です。以下は2012年の打上げの際の内容ですが、現時点では、経路予測を含め付け加えるべきことはほとんどありません。

(追記:2016-02-07 )日本政府から北朝鮮が2月7日午前9時31分頃に打ち上げを行ったという発表がありました。第1段は9時37分頃、フェアリングは9時39分頃にほぼ予定の海域落下。9時41分に沖縄上空を通過。第2段は予定の海域から外れ9時45分頃フィリピンのルソン島の東側付近の海上に落下。残りの物体は飛翔を継続したとのこと。

(追記以上。以下、2012年に書かれたエントリです)

§ もし北朝鮮の打ち上げが本当に人工衛星だったとしたら?

北朝鮮が4月に続き、今年2度目の人工衛星打ち上げを行うと宣言しました。現時点では打上げ予定は12月10日~29日(当初22日)となっています。メディアでは例のごとくミサイルか否かという議論で持ち切りですが、もしあれが本当に人工衛星の打ち上げだったら、という議論はあまりされていないようです。せっかくなので、現在出ている情報を元に北朝鮮の「人工衛星」について分析をしてみましょう

(追記:2012-12-10) 北朝鮮が打ち上げ予備期間を1週間伸ばし、12月10日~29日とする旨発表しました。

(追記:2012-12-12 10:45) 日本政府から北朝鮮が12月12日午前9時49分に打ち上げを行ったという発表がありました。同10時1分に沖縄上空を通過、どうやら第1段、第2段ともに予定の海域に落下した模様。

§ (追記 2012-12-12 14:00) 衛星の打ち上げに成功した模様

12月12日午前9時49分の打ち上げを確認。続いて第1段、フェアリング、第2段ともに予定の海域に落下が確認されました。その約2時間後には米戦略軍から軌道要素が公表され、またNORADが「打ち上げられたミサイルから物体が切り離され軌道に投入されたと見られる」と発表。北朝鮮が衛星の打ち上げに成功したと見て間違いないでしょう。

ref. NORAD acknowledges missile launch

米戦略軍から公開されたこの衛星と思しき軌道要素は、軌道傾斜角97.4度、近地点高度491.87 km、遠地点高度585.12 kmとなっています。

1 39026U 12072A   12347.09611576 -.00000066  00000-0  00000+0 0    10
2 39026 097.4047 036.0317 0067405 176.3492 277.5861 15.08261084    19

まだこれが実際に光明星3号かどうかの確認は取れていませんが、この軌道要素を元に過去の位置を計算してみると、時刻・位置ともにほぼ北朝鮮の打ち上げと一致します。

ref. SatPlot

第1段、第2段が予定通りの海域に落下したにもかかわらず軌道傾斜角が97.4度になっているということは、第3段点火後に西にむけて軌道を修正した可能性が高いと思われます(詳しい説明は下記エントリを参照してください)。これが正しければ、北朝鮮の衛星はほぼ理想の軌道に投入されたということを意味します。若干遠地点高度が高いですが、衛星にスラスタがついていれば修正はさほど難しくありません。

戦略軍から発表されている軌道要素に基づく現在位置はこちらからどうぞ。

ref. GoogleSatTrack - KWANGMYONGSONG-3

§ (追記) その後の衛星の状況

その後、地上からの観測で太陽に照らされている時の明るさが規則的に変化していることがわかりました。これは衛星本体が意図しない回転していると思しき状態です(事前に発表された衛星の形状が回転するように作られていません)。また通信等が行われている様子もなく、軌道にも変化がないため、軌道投入には成功したものの、衛星本体は動作しなかったと思われます。

(追記以上。以下、打ち上げ前に書かれたエントリです)

§ 前回の打ち上げ

前回の打ち上げは、日本時間2012年4月13日午前7時39分に行われました。しかし、ロケットは打ち上げ約90秒後に爆発、破片は黄海上に落下したとみられています。飛翔経路の最初期段階だったため、これが本当に衛星打ち上げを意図したものか、弾道ミサイル実験だったのかについては定かではありません。

この時の打ち上げでは事前に海外メディアに対して衛星を公開したり、打ち上げにプレスを招いたりと積極的に情報公開を行い、また失敗についても当日に公式発表を行なっています。今回はこのような情報公開は行われていません。様々な事前情報から、今回の打ち上げはおおむね前回に準ずるものと考えられていますが、実際に同じかどうかはわかりません。

§ 衛星打ち上げと弾道ミサイル

まず、簡単に人工衛星の打ち上げと弾道ミサイルの違いをおさらいしておきます。人工衛星というのは、狙った高度で地球を周回するのに必要な速度を出すのが最終目的。つまり地面と水平方向の速度をいかに出すかが問題になります。今回の高度500kmでは秒速7.5kmほどです。逆に弾道ミサイルは文字通り弾道軌道、弓なりの軌道を取って、なるべく真上からターゲットを狙います。これはそのほうがずっと少ないエネルギーで正確に標的を狙うことができるからです。

衛星を打ち上げることができれば世界中どこへでもミサイルを落とせるんじゃないかという気もしますが、さにあらず。逆に地球周回軌道に乗せてしまうと今度は落とすために逆噴射が必要です。また地球の大気に浅い角度で突入するため落下地点の予測が難しくなります。ミサイルというのはターゲットのなるべく近くに落ちてこなければならないので、水平方向の速度は命中精度を上げるという意味では邪魔になるんです*1

ちょっと大げさに両者の軌道を描くとこんな感じになります。赤が衛星の打ち上げ、青が弾道ミサイルの軌道です*2

基本的に弾道ミサイルはブーストフェイズと呼ばれる上昇時に殆どの燃料を使って短時間で速度を上げ、確実に目標に当てるためのわずかな軌道修正を除けば、残りはほとんど惰性で飛びます。これが「弾道」ミサイルと呼ばれる所以。誤解を恐れずに言えば、弾道ミサイルは銃身の無い巨大な大砲と同じです。逆に衛星打ち上げロケットは高度を上げることよりもむしろ、対地速度を上げる方にエネルギーを使います。大雑把に言えば、弾道ミサイルは上に、ロケットは横に飛ぶんです。

打ち上げられたロケットをしばらく監視していれば、人工衛星の打ち上げなのか弾道ミサイルの実験なのかは飛翔経路で見分けることができるはずです。逆にいえば、打ち上げ直後にどちらなのかを判別するのは難しいかもしれません。

*1 実は冷戦時代にソ連は一旦軌道に乗せてから敵地上空で逆噴射をして再突入し攻撃を行う「部分軌道爆撃システム(Fractional Orbital Bombardment System/FOBS)」と呼ばれる兵器を開発し、実際に配備していました。弾道ミサイルと違い、最短距離を飛ばす必要がないため、飛翔経路の予測が難しく迎撃されづらいという利点がありましたが、逆噴射のシステムが必要になること、ここに書いた理由で命中率が悪いことなどから一般的にはならず、軍縮協定に伴い廃棄されています。

*2 ここでは軌道の形の違いを強調するために、最大高度1500km、射程3000kmと仮定して経路を描いています。実際には銀河3号の射程は6500km以上、今回は改良型で射程1万kmという話もあります。

§ 飛翔経路

2012年12月1日、北朝鮮は打ち上げに先立ってNOTAMとよばれる航空機向けの通知を出しました。これは航空路の危険や航空関連施設、業務の変更など「航空関係者が知っているべき情報」について通達するもの。ロケットの打ち上げの場合は、切り離されたブースターや各段、フェアリングなどの落下地域が指定されます。

出ていたNOTAMはこのようなもの

 A0108/12 (Issued for ZKKP PART 1 OF 2) - DETAILED INFORMATIONS ON THE LAUNCH OF SATELLITE ?KWANGMYONGSONG
 -3?(2)
 ARE AS FOLLOW:
 1. SATELLITE LAUNCH STATE:
     DEMOCRATIC PEOPLE'S REPUBLIC OF KOREA
 2. LAUNCH SCHEDULE:
     RESERVED DATE: 09-22 DECEMBER 2012
     TIME: 2200-NEXT 0300(UTC) DAILY
 3. PLACE OF LAUNCH:
 SOHAE SATELLITE LAUNCHING STATION IN CHOLSAN COUNTY, NORTH PYONGAN
  PROVINCE
 //PART 01 OF 02//. DAILY 2200-NEXT 0300, 09 DEC 22:00 2012 UNTIL 22 DEC 03:00
 2012. CREATED: 01 DEC 08:05 2012

 A0108/12 (Issued for ZKKP PART 2 OF 2) - 4. DANGEROUS AREA COORDINATES:
   FIRST STAGE
 354406N 1243030E
 354407N 1245423E
 345836N 1243232E
 345843N 1245611E
   SECOND STAGE
 181344N 1234837E
 181254N 1244520E
 153107N 1234624E
 153017N 1244219E
    FAIRING
 334006N 1240747E
 333951N 1251229E
 322422N 1240750E
 322407N 1251137E. GND - UNL
 //PART 02 OF 02//, DAILY 2200-NEXT 0300, 09 DEC
 22:00 2012 UNTIL 22 DEC 03:00 2012. CREATED: 01 DEC 08:05 2012

色々ごちゃごちゃと書いてありますが。重要なのは後半の数字の羅列です。これが危険が予測される領域を囲む緯度経度を指定したもの。このままだとわかりにくいので、地図の上に乗せてみます。

黄色が第1段の落下地点、青色が衛星フェアリング、緑色が第2段です。赤は各エリアの真ん中を通るように引いたもの。このエリアを元におおざっぱな飛翔経路を描くとこんな感じでしょうか。

これは放物線なので厳密に言えば実際の飛翔経路とは微妙に異なりますが、若干カーブの曲率が変わるだけで、見た目はさほど大きく変わらないはずです。

まず、分かるのは、北朝鮮からは、非常に限られた方向にしかロケットを打てないということです。ロケットの打ち上げは万が一の時に備えて、打ち上げ直後に人口密集地の上空を通らないようなコースを選ぶのがセオリーです。そのルールに従うなら、北朝鮮から南に向けてロケットを打ち上げようとするとほぼこのルートしかありません。少し西にそれれば中国や台湾上空を、東にそれれば韓国や日本の本土上空を通ってしまいます。

また、この発表されているルートを取ったとしても、打ち上げ約10分後に日本の石垣島、西表島の上空を通過します。たとえば、第2段の上昇時に何らかの不具合があれば石垣・西表にロケットや破片が落下する可能性はゼロではありません。とはいえ、この段階ではまだ北朝鮮の本土からロケット本体が見えているので、本来ならば所定の軌道を外れた時点で自爆装置を作動させ指令破壊ができるはずです。ただ、コースを外れた場合に適切に指令破壊を行うかどうか、あるいはその機能を北朝鮮のロケットや地上局が備えているかどうかは分かっていません(ロケットなら当然備えているべき機能ですが...)。

もし、本当に落ちてしまったらどうなるのか?これはちょっと予想がつきませんが、たとえ搭載されているのが人工衛星だったとしても大問題になるのは間違いないでしょう。安保理決議に逆らっての打ち上げというだけでなく、北朝鮮は衛星打ち上げ国として当然行うべき他国との調整をしていないからです。

現在、ロケットや衛星などの打上げ国の多くは「宇宙物体により引き起こされる損害についての国際的責任に関する条約(宇宙損害責任条約)」という長い名前の条約に加盟しています。これは、宇宙法を構成する5条約の一つで、打上げたものが他国に落下して損害を与えた場合の責任の所在を明らかにするものですが、北朝鮮はこの条約に加盟していません。また周辺国から抗議の声が上がっていることから、個別にこうした協議が行われている形跡もありません*1

*1 ちなみに、北朝鮮は「宇宙飛行士の救助及び送還並びに宇宙空間に打ち上げられた物体の返還に関する協定(宇宙救助返還協定)」にも加盟していません。

§ 軌道傾斜角

さて、この北朝鮮の厳しい打ち上げ方位角の制限は、今回の打ち上げで重要な意味があります。

北朝鮮の「光明3号」は「高度500kmの太陽同期軌道を回る地球観測衛星」という触れ込みです。太陽同期軌道というのは、衛星の軌道面と太陽のなす角が1年を通じて同じという特殊な軌道です。この軌道を飛ぶ衛星からある地点を見ると、常に同じ角度で太陽が当たっていることになります。これは地表の変化を観測するのにうってつけの条件、つまり地球観測衛星やスパイ衛星に最適の軌道です。

実は、この軌道は高度と軌道の傾斜角の組み合わせが厳密に決まっています。高度500kmの場合は97.4度。これより大きくても小さくても太陽同期軌道にはなりません。

オレンジ色のラインが軌道傾斜角97.4度、つまり北朝鮮の衛星が理想とする軌道。そして赤色のラインが今回の打ち上げ方位角です。理想の軌道に入れたいのなら、この角度の差をどうにかしなければなりません。打ち上げ方位角を97.4度にすると、飛翔経路に中国の沿岸部の人口密集地がモロに入ります。さすがにここに物を落とすといろいろ洒落になりません。もし、現在出されているNOTAMが正しいとすれば、方法は一つだけ。第3段の点火後に飛行経路を西側に曲げることです。

これは通称ドッグレッグ(犬の脚)と呼ばれる飛行経路で、日本から太陽同期軌道に打ち上げる際などにも使われる方法です。ただ、このドッグレッグを行うためには非常に正確な誘導をしなければならず、また打上げ能力にもかなりの余裕が必要です。初の打ち上げでそこまで細かい誘導を行えるかどうか、また機体の能力にその余裕があるかどうかは現時点ではわかりません*1

というわけで、北朝鮮の「光明3号」が現時点で取りうる軌道は2つあります。ドッグレッグを成功させて高度500km、軌道傾斜角97.5度の太陽同期軌道に入れるか、打ち上げ方位角のまままっすぐ飛ばし、高度500km、軌道傾斜角90度の軌道に入れるか。

参考までに両方の軌道図を描いてみます。


軌道傾斜角97.5度 太陽同期軌道


軌道傾斜角90度 打ち上げ方位角まま

打上げが成功すれば、遅くとも数時間後にはアメリカ戦略軍から軌道のデータが発表されるでしょう。そうすれば、どんな軌道に入ったかが分かるはずです*2

*1 ちなみに前回の打ち上げでは事前に94.45度という軌道傾斜角が北朝鮮から発表されていました。これはドッグレッグを行わないと達成できない軌道で、なおかつ太陽同期軌道ではないという、何を意図しているのかよくわからない軌道です。

*2 もしかすると、日本が情報収集衛星を打上げる時のように米軍の非公開の申請をしているかもしれません。この場合軌道データは公開されませんが、それはそれで興味深い対応と言えるかもしれません

§ 実験の是非

最後に、蛇足ながら、北朝鮮の衛星打ち上げの是非について私見を述べておきます。

個人的には北朝鮮の今回の打ち上げには反対です。

国連は、これまで何度か行われてきた北朝鮮のミサイル実験に対して国連安保理決議を採択し、再三に渡って北朝鮮に対してミサイル関連技術の放棄を要請してきました。前回の打ち上げでも、北朝鮮は衛星の打ち上げである旨強調していましたが、国連は先の安保理決議を踏まえ打ち上げ実験を非難する議長声明を出しました。ミサイルか否かにかかわらず、たとえ人工衛星の打ち上げであったとしても安保理決議違反であることは明白です。

たとえ一国で独自に開発を行なっていたとしても、ロケットの打ち上げは、実験の失敗、ブースターや衛星本体の落下などで他国に影響を及ぼす可能性があります。また、軌道上の物体は衝突などを避けるために常に監視され、能動的な軌道離脱や軌道の変更が頻繁に行われています。つまり、宇宙空間はすでに人類の共有財産として維持管理されている場所です。そのような場所を利用するにあたって、国際社会において果たすべき義務や責任を負わずに打ち上げを強行するのは非難されてしかるべきだと思います。

実験の失敗は望みませんが、成功しても祝福はしません。北朝鮮が今回の実験を中止し、将来国際的な信頼を取り戻した上で、宇宙開発の場に戻ってくることを願います。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

> 葛城 大和 [わたしは電気系の技術者です。が 通信系および天体には全くの知識欠如です。今回 初めて接続拝読しましたが 知らないだけ..]

> 茶馬 [技術的に詳しい説明ありがとうございます。 人工衛星かどうかは、最終段が地球周回軌道に入るようなロケット発射実験かどう..]


2011-07-24 スペースシャトルの最後の夜に...

2011年7月21日、スペースシャトルプログラム最後の夜、信じられないような事がNASA-TVの中で起きた。たぶんこれはごく個人的な小さな小さな奇跡だ。でも僕にとってはとてつもなく大きな出来事だった。まだ自分でも何が起きたのかよくわかっていないけれど、忘れないうちに書いておくことにする。

*

その夜、僕はドキドキしながら、STS-135 Atlantisの最後の帰還を待っていた。NASA-TVの画面の中では、いつも通り帰還に向けた準備作業が続いている。"Go for de-orbit burn"、軌道離脱噴射にゴーサインが出る。どうやらAtlantisは予定通りケネディ宇宙センターに帰還するらしい。30年以上に渡るスペースシャトルプログラムの歴史を閉じる最後の再突入。画面にミッションコントロールセンターが映る。見慣れたこの光景もこれが最後かと思った矢先、画面に信じられないものが映っていた... え、GoogleSatTrack?!

image : NASA-TV
(ストリーミング画面のキャプチャ)

軌道離脱を待つミッションコントロールセンター、管制チームが注視する巨大なスクリーンの真ん中に見慣れた画面が映っていた。

image : NASA-TV
(着陸後に公開されたミッションコントロールセンターの映像からキャプチャしたもの)

後日公開されたSTS-135 Atlantis再突入時のミッションコントロールセンターの映像。
GoogleSatTrackが映っているのは冒頭1分ぐらいから7分あたりまで。
(実際に流れていたNASA-TVのストリーミングとは微妙に違います)

何百回、何千回と見慣れた画面、見間違えるはずもない。すぐにそれが自分の作品だと直感したものの、どうしても信じられなかった。いや、だって、一介のアマチュアプログラマが作ったWebアプリが、ミッションの中でも一番クリティカルな大気圏再突入前のミッションコントロールセンターの画面に映っている*1。これで信じろという方がおかしい。見慣れたアイコン、昼夜境界線、ISS/シャトルの軌道を示す赤いグラウンドトラック、うっすら見える左上の設定アイコン、全部同じだ。でも...

そして、すぐに一つの事実に気づいた。いつもは、軌道離脱噴射の終了を見届けた後シャトルのトラッキングを止める。公開されているデータではここから先の軌道を追うことはできない。放っておけば徐々にずれが大きくなる。でも、もし、あそこに映っているのが本当に自分の作品なら、ここで設定を変えるとあの画面からシャトルが消える、そんなことをしていいのか?

いつもなら、やろうと思えば誤差が大きくなるぎりぎりまで追跡することはできる。たいていNASA-TVの画面にはミッションコントロールセンターの画面が映っていて、そこには「正解」が出ている。でも今回はその手は使えない。なにしろいつも正解が映っているはずの場所に、自分の作品が映っている。

僕はしばらく迷って、やはりトラッキングを切った。開発者としてこれ以上は精度を保証できない。もし、仮にこのままほおっておけば、画面上ではAtlantisはKSCに降りることなく地球を回り続ける。そんなデータをいつまでも表示させ続けるわけにはいかない。

あんなに緊張して設定ファイルの更新をしたのは初めてかもしれない。なにしろこのファイルにミスがあると、データを更新した時にプログラムがエラーメッセージを出して止まる。設定ファイルをアップロードして、すぐさま自分の手元に立ち上げた該当ページを更新する。問題なく動作しているのを確認。もうこれで僕にできることはなにもない。

GoogleSatTrackは、たとえ立ち上げっぱなしでも1時間に一度すべてのデータを更新するようになっている。NASA-TVの中の画面は、グラウンドトラックの赤い線の伸びで、立ち上げてから結構時間がたっているのが分かっていた。もし、あれが本当に自分の作品なら、そのうちシャトルのアイコンが消え、国際宇宙ステーションだけが残る。あるいは、画面がホワイトアウトしてエラーメッセージが出るか...

数分後、NASA-TVの中で画面表示がリフレッシュされ、シャトルのアイコンが消えた。エラーメッセージは出ず、国際宇宙ステーションだけが画面に残る。意図した通りの動作。そして、それはそこに映っているのがまぎれもなくGoogleSatTrackである証拠だった。ああ、やっぱりあれは自分の作品だったんだ*2

と同時に、我ながら変な話だと思いながらも、ちょっと申し訳ない気分になった。ごめんなさい、僕のアプリケーションではあれ以上は追えません。ただ、NASA-TVの画面では解像度が低くて見えないけれど、タイトル欄には"International Space Station (STS-135 has re-entered the Earth's atmosphere)"と出ているはずだ。あそこにいる人たちなら、そのメッセージの意味は間違いなく分かるだろう。

そして、画面はほどなく、Atlantisからのテレメトリをもとにしたいつものリアルタイム表示に変わった。画面の中では、シャトルの航跡を示すオレンジ色の表示がフロリダへと向かって伸びている。どうやらAtlantisは順調に飛んでいるらしい。緊張の糸が切れる。どうやら僕のプログラムは、果たすべき役割をちゃんと最後まで果たしてくれたらしい。よかった...

GoogleSatTrackでの最後のシャトルミッションの追跡はこうして終わった。感慨に浸る間もなく、山のような混乱と戸惑いを僕に残して。

*

今わが身に起きたことを振り返り、改めて驚愕する。今、なにが起きた?なんで地球の裏側でNASA-TVの画面を見ながら、一介のアマチュアプログラマーが緊張しながら設定ファイルの更新をしているんだ?!というか、そもそもなんであんなところに自分の作品が表示されているんだ?いや、どう考えてもおかしい。まるで意味が分からない。

確かに、サーバのログにしばしばnasa.govのドメインが入っていることはあったから、誰かが中で使っているのは知っていた。NASAの公式アカウント国際宇宙ステーションのフライトディレクタがTwitterでGoogleSatTrackを紹介してくれたこともあった。でも、せいぜいそれは「面白いサイトがあるよ」という紹介ぐらいのことだと思っていた。まさか実際のミッションの中で使われていようとは...

いや、だってNASAですよ?ミッションコントロールセンターですよ?「Failure is not an option」の世界ですよ?ああいうところで使われるハードやソフトはそれなりのレビューを経て使用に問題がないかどうかを厳しくチェックされるんじゃないの?いや、だって何も聞いてないですよ?あの、私、プログラマーでもなければ、軌道力学の専門家でもないですよ?プログラミングは趣味でやってるだけですよ*3

いや、もしかしたら、大したことじゃないのかもしれない。あれはむしろ広報用の画面で、中の人はあんなの見ていないのかもしれない(気のせいかみんなガン見してたけども...)。たまたま気に入ってくれた広報の人が映していただけなのかもしれない。いや、でも、ええええ!?

*

アメリカ東部夏時間2011年7月21日午前5時57分(日本時間同日午後6時57分)、STS-135 Atlantisは予定通りケネディ宇宙センターに帰還した。"Wheel stop, welcome home Atlantis!" おかえりなさい、お疲れさま!それに続く、否応なしに最後のミッションを感じさせる、ミッションコントロールとAtlantisの感動的な言葉のやり取り。ああ、もう終わるんだ...

ずっとシャトルのミッションを追いかけながら、この瞬間、自分が何を考えるのかずっと気になっていた。やっぱりさみしく思うんだろうか?もしかしたら泣くかもしれない(最近どうにも涙もろくなったし)。なにしろ、スペースシャトルは子供のころからの夢の象徴みたいなものだ。それが最後のフライトを終える。感動しないはずがない。

...いや、それどころじゃなかった。やっぱり僕は泣いた。でも、さみしさだけではなかったと思う。色々な感情が押し寄せて来て、どかっと何かが溢れた。よりにもよってシャトル最後の夜にこんなことが起きるなんて。なんという夜か...

こんなことがあるなんて思ってもみなかった。前にも書いたけれど、僕はただ、自分の見たいと思っていたものを作っただけだ。それはずっと変わらない。楽しんでくれる人がいるといいなとは思っていたけれど、根っこのところは自分のためだ。僕は自分のためにあのアプリケーションを作り、自分のために磨きつづけた。そうじゃなければ、あんな苦労なんてしない。

何かを目指していたわけじゃない。ただ、こっちのほうかな?と思いながら歩き続けていただけだ。てくてく歩いていたら、いつのまにかこんなところに来てしまった。でも、ここはどこなんだろう?

*1 (補足) 当然NASAはアトランティスの位置を正確に把握していますし、独自のトラッキングシステムも持っています。GSTは位置をわかりやすく表示するために使われていただけで、NASAはGSTのデータを使って管制していたわけではありません。GSTに何か問題があれば普段使っている自前のトラッキング画面に切り替わったはずです。

*2 後日サーバのログを確認したら、確かにこの時ジョンソン宇宙センターの中で2つのGoogleSatTrackが立ち上がっていて、そのうちの一つにこのタイミングでリロードがかかっていました。

*3 本職は書籍の編集者・ライターです

§ Referance

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Before...

> 2K [たった今、勇魚さんにまつわる話を読みました。 すごい!超COOLです。感動しました。]

> まっさ [以前お気に入りに入れといたこのサイトのページを何となくにクリックし、この記事を読んで驚愕しました。 すばらしいです、..]

> すいかぺんぎん [Garbageの正しいスペルを探していて、こちらのページに当たりました。宇宙ファンなので、とてもブログ記事主さまのプ..]