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2017-12-07 世界を変えた小さな本の話

§WIRED CREATIVE HACK AWARD 2017#世界を変えたハック

Twitterで、面白そうなハッシュタグを見つけたので、こういうTweetをしたら、後日このTweetが『WIRED CREATIVE HACK AWARD 2017』の「ベストハックツイート」に選ばれたというご連絡をいただいた(ありがとうございます!)。でも、これがなぜ、どうやって世界を変えたのかについては、とても140字では書ききれない。せっかくなので、世界を変えた小さな本の話をしておこう。CREATIVE HACK AWARDのコピーを借りるなら、アルダス・マヌティウスと黎明期の印刷業者たちは「なにを、なぜ、いかにハックしたのか」そして、その結果、世界はどう変わったのかについて*1

ref. WIRED CREATIVE HACK AWARD https://hack.wired.jp/

*1 この文章は「活版印刷の登場とその影響」についておいしいところをつまみ食いしながら大雑把にまとめたものになっていて、あちこちぼやかして書いてあることからも分かるように、歴史学的な厳密性はあまりない。興味を持たれた向きは、ぜひ参考文献を始めとしたちゃんとした研究書を参照のこと。すごく面白いよ。

§ グーテンベルグの作った「本」

確かに、ヨハネス・グーテンベルクの金属活字を使った印刷術は革命的な技術だったけれど、その技術が人々の体験を変えるには少し時間がかかったし(100年くらい)、人々の意識を変えるにはさらに時間がかかった(200年~300年くらい)。実際のところ、グーテンベルグの「四十二行聖書」は、当時流通していた手写本や木版印刷とほとんど見分けがつかない。グーテンベルグは、金属活字を作ることで何か新しいメディアを作ろうとしたわけじゃなくて、当時の「本」の精巧なコピーを安価に大量に作ろうとしていた。

グーテンベルグの聖書は、たくさん装飾が施されていて、豪華で美しいけれど、すごく大きくて(30.7x44.5cm、A3サイズより一回り大きい)、重い(約6.4kg)。もちろん、これは我々が今の小さくてシンプルな「本」を知っているからそう見えるだけで、当時「本」というのはそういうものだった。人の手で書き写されていたから、文字は大きくならざるを得なかったし、必然的に本のサイズも大きくなった。もちろんとても高価で、その値段に見合うような豪華で美しい装丁が施されていた。そして本は台の上に鎖で止められ、基本的には立った姿勢で朗読するものだった。グーテンベルグが作ろうとしたのは、そういう「本」だ。

§ 印刷業者たちの競争

黎明期の印刷者は、グーテンベルグと同じように、自分たちが作る本を良質の手写本と同じにしようとした。彼らは手写本と同じ字体、同じ連字や略字を使い、ページを同じようにレイアウトした。当初、活版印刷に求められていたのは、これまでの手写本を効率よく安価に作れる手段だった。

やがて、印刷技術が浸透し始め、本が大量に"生産"されるようになると、同業者同士の熾烈な競争が起きた。その競争の中で、印刷業者たちは、新しい技術を使えば、本に新しい機能を追加できることに気づき始める。タイトルページ、奥付、ページ番号、欄外見出し、脚注、目次、索引、上付き数字、文献リスト... こうした現在の書物に当たり前に見られる多くのテクニックは、この競争の中で生まれ、洗練されてきたものだ。この時代、印刷業者たちは自分たちの商品が他の印刷業者のものに比べて、いかに美しいかだけでなく、いかに読みやすくて便利であるかを盛んに宣伝した。

そんな印刷業者の一人、アルドゥス・マヌティウス(アルド・マヌーツィオ)*1。彼が気づいたのは「本はもっと小さくできる」ということだった。彼は、手写本を模したページ欄外の注釈をやめて、細く小さな活字(現在のイタリック体はそのために彼が作った書体だ)と薄い紙を使って、小さくて持ち運べる小型の本を作った。そして、各ページに番号を振り、索引を付けた。これは数多いる印刷業者の小さな工夫(ハック)の一つでしかなかったし、小型本もページ番号も(おそらく)彼の発明ではない。けれど、彼が当時の技術を組み合わせて作ったその新しい「本」のカタチは、少し大げさに言えば、人のものの考え方を根本から変えてしまった。

*1 「アルドゥス・マヌティウス」はラテン語読み、「アルド・マヌーツィオ」は彼の母国語であるイタリア語読み。本来ならイタリア語読みで表記するのが正しいかもしれないけれど、うっかりラテン語読みでTweetしてしまったので、こちらで統一する。ちなみに、Adobeに買われる前にPageMaker(DTPソフト)を作っていたアルダス社は彼の名前に由来する。

§ 個人が本を持つということ

まず、本が個人で持てるようになった。これはすごいことだった。それまで、本を読むというのは、本を声に出して朗読することであり、その朗読を聞くことだった。つまり、読書は集団に属する体験だった。それが、本が小さくなったことで、読書は個人に属する体験になった。そして師が書物を朗読し、それを弟子たちが一字一字写し取り、それに注釈や解釈を加えることが学問の大半を占めていた時代から、個人が多くの本を目の前にして、それらを比較し、相互参照する時代が来た。学生は書物を筆写するという苦行から開放され、沢山本を読む、沢山の思想に触れる(その時代の学問の流行を読む)、その中から自分の考えをおこしていく、というのが学問の標準的なスタイルになった。この学問のスタイルの変化は、やがて知の体系化を生むことになる。体系化された知としての"思想"や、その時代全体の雰囲気を写し取る"流行"という概念は印刷技術以降のものだ。

そして、本は"黙読"されるようになった。確かにごく一部で中世以前から黙読は行われていたけれど、それは極めて特殊な技術だった。例えば、アウグスティヌスの『告白』には、アンブロシウスという僧侶が「声を出さずに」本を読んでいる様子が奇異なものとして描かれている。しかし、印刷革命以後、黙読は徐々に一般的なものになっていった。

それまで、声に出して読むことが前提だった本の内容は、直線的に読まれることが前提で、韻文が多用され、繰り返しの多い、今でいえば詩的な文章だった(当時は文章というのはそういうものだった)。それが、本を個人が所有するようになり、繰り返し読むことが当たり前になったことで、一冊の本の中で、あるいは異なる本の間で行きつ戻りつつ読むことが当然のように行われるようになった。その結果、学術関係のテキストは、きわめて論理的で、分析的になった。

さらに、大量に流通した小さな本とそれを黙読する習慣によって"独学"が可能になった。もはや学生は何かを学ぶのに必ずしも師を必要としない。また、写本時代において、学問とは主に会話によっておこなわれるもので、テキストはあくまでその補助的手段に過ぎなかったけれど、複数の書物を個人が所有するようになったことで、それが逆転した。以降、学問は書物を中心にして行われるようになる。学者は書物から学び、書物を著すために研究を行うようになった。

文学の世界では、本が学者や一部の貴族だけのものではなくなり、印刷業者たちがそこに新たな市場を見出したことで、次第に読むことが個人の娯楽として定着していった。印刷物に彼らが慣れ親しんだ俗語が使用されるようになり、さらに黙読の普及とともに、韻文による声に出されることを前提とした戯曲や詩ではなく、散文による小説が普及していく。現代的な意味での小説の登場と印刷技術の普及は切り離して考えることはできない*1

さらに、その地方で一般的に使われている俗語による書籍の大量流通は、その標準化を促し、やがて英語やドイツ語、フランス語といったその地方ごとの"国語"を産んでいく。一方で、それまで学者や貴族によって使われ、ヨーロッパでの共通語として機能していたラテン語は徐々に駆逐されていった。

*1 ちなみに、日本では同じことが明治期にわずか数十年というスパンで起きた。言文一致体と小説という新しい文芸ジャンルの登場は、明治期に導入された活版印刷と、それによってもたらされた"黙読"という新しい習慣の影響を受けていると考える専門家は少なくない。

§ 同じ本がたくさんあるという状況が産んだもの

まったく同じ内容の本が大量に存在するという状況は、単に多くの人々の手に多くの本が渡ったという以上の意味を持っている。それは、あなたの持っている本と私の持っている本がまったく同じだということだ。これは我々にとってはあたりまえのことだけれど、手写本はそうではなかった。

手写本には同じ物は一冊としてない。確かに内容的にはほぼ同じ物だけれど、ときには本文を上回る量の注釈が施された「本」は事実上一冊一冊が異なる書物だった。また、本を写す際、ひとりの人間が原本を読み上げ、それを何人かが書き留めるというかたちでコピーが行われていたため、単語の欠落や同音異義語の間違いなどが多く、しかも当然のことながら間違いの箇所も一冊一冊違っていた(手写本時代には正誤表は存在しない)。さらに、ある一つの作品の二つの手写本は、たとえそれが同じ口述を書き留めたものでも、それぞれのページが一致することはほとんどなかった。

「◯◯ページ、××行目」という形で本の中の特定の箇所が指定でき、そこに間違いなく手元の本と同じ内容が書かれていることが保証されるようになったのは、印刷技術以降のことだ。マヌティウスが、自らの商品にページ番号と索引を採用したことは慧眼と言っていい。それは当時最先端の技術だった。手写本時代にも索引や目次を付ける試みはわずかながら行われてはいたけれど、手写本のページ割りが一冊一冊異なっていたため、実際に使えるものになるには活版印刷の出現を待たなければならなかった。索引や目次が登場したことで書物の中に収められた情報にアクセスすることが飛躍的に効率的になった。

さらに、辞書が登場する。写本時代にも辞書に類するものはあるにはあったけれど、個人編纂の域を出なかったし、版を重ねながら内容をアップデートしていく、という現在の辞書編纂でごく普通に行われているやりかたは不可能に近かった。活版印刷技術によって生まれた標準的な辞書の存在が、文芸や学問の世界において語彙の拡大と標準化という意味で果たした役割は計り知れない。

§ "著者"と"読者"の誕生

実は、1冊の完成された本という概念は、印刷技術以降のものだ。それ以前は、本というのは、写字生の手によって書き写されながら、新しい内容を書き加えられたり、注釈を付記され続けながら育っていくものだった。そして、本を読むことは、それを朗読するのを聞くことであり、それを書き写すことであり、そこにコメントを加えることだった。そこには、本文を書く人とコメントを書く人のあいだに明確な切り分けはなかった。しかし印刷文化が浸透してきたことで、完成した書物という概念が生まれ、一人の著者と数多くの読者という図式が現れた。

その中で大きな役割を果たしたものの一つが表題紙(タイトルページ)だった。書籍にタイトルを付け、著者名を記すようになったのも、印刷業者の工夫の一つだった。例えばアレクサンドリアのプトレマイオス図書館は、タイトルや著者名ではなくテキストの書き始めの単語ないし語句で目録を取っている。中世になっても、書物に対して適切な書名や著者名を与えるということにはあまり関心が示されなかった。そのために、異なる人物によって書かれた文章が区別されることなく一つの写本の中に入れられてしまうことがしばしば起こった。

表題紙は、もともとは写字生が写本の一番最後に自分の名前、筆写の完了日、感謝の言葉等を書きこんでいたことに習って、本文を保護するために置かれた冒頭の白紙のページに印刷業者が会社の名前や、紋章、住所などを置いたのが始まだった。やがてそこに、本の内容や売り文句、著者の名前などが書かれるようになる。このような標題紙に頻繁に触れることは、書物を書くものにとっても読むものにとっても、著者というものの存在を強く印象づけたはずだ。

さらに言えば、当時の印刷業者たちが本というメディアに付け加えた目次、索引、ページ番号などの新たな機能も、本が完結した情報のパッケージであることを強く意識させるものだった。そうした意識の変化は著者と読者という関係を更に強化することになった。そして、この本というメディアが流動的なものではなく、1つの完結したパッケージであり、固定された著者がいるという概念は、やがて著作権という新たな権利の発生を促すことになる。

§ 情報の永続性

ものとしての耐久性という意味では、新たに登場したコンパクトな本は、羊皮紙で作られた旧来の大型の本に到底かなわなかった。本は書棚に半永久的に保管されるものから、持ち運ばれ、繰り返し読まれ、摩滅し、破損し、やがて廃棄されるものに変わった。ある意味で活版印刷によって本は消耗品になったといえる。

しかし、同じ内容の本が大量に流通することで、本の中身――情報は、むしろ永続性を獲得した。流通量が限られ、註釈などを含めて一冊一冊が異なる内容だった写本は、一冊が失われることはともすればその内容に二度とアクセスできなくなることを意味した。アレクサンドリア図書館の火事でどれほどの文書が失われたかを考えれば、本の大量流通によって情報が永続化したことが、いかにその後の思想、科学、文化を支えたかは想像に難くない。

§ 世界を変えたハック

さて、きりがないのでこれくらいにしておこう。こうやって、印刷され、小さくなった本は世界を変えた。

繰り返しになるけれど、これらの業績をすべてアルドゥス・マヌティウス一人の功績に帰することはできない。彼は印刷文化が浸透していき、世界を変える流れのある結節点にいた。それは印刷革命をグーテンベルグ一人に帰することができないのと同じだ。でも、彼と彼の同時代の印刷業者たちが積み重ねた小さなハックが、我々の思考そのものを根本から変えたことは間違いない。おそらく、彼らはそれが起きうることを知らなかった。そして、その新しい小さな「本」を(文字通り)手に取った中世の読者たちもそのことに気づいていなかったはずだ。革命というのは、ある朝突然にではなく、往々にしてそうやって、徐々に誰も気づかないうちに起きる。

翻って、我々を取り巻くメディアの環境を省みるに...と続けたいところだけれど、やめておく。今何が起きているかは、誰にもわからない。意識されないことがこの革命の本質だからだ。おそらく、革命はもうすでに、あるいは今も起きていて、我々の意識は変化の途上にある。

ただ、本が小さくなり、誰もが同じ本を手に取れるようになっただけで、世界はこれだけ変わった。そのことを頭の隅に置いておくのは、多分悪いことじゃないはずだ。

Happy Hacking!

§ Reference

  • マーシャル マクルーハン『グーテンベルクの銀河系』みすず書房 1986(amazon)
  • ウォルター・J. オング『声の文化と文字の文化』藤原書店 1991 (amazon)
  • J. デビッド・ボルター『ライティング・スペース』産業図書 1994 (amazon)
  • エリザベス・エイゼンステイン『印刷革命』みすず書房 2001(amazon)
  • アレッサンドロ・マルツォ マーニョ『そのとき、本が生まれた』柏書房 2013 (amazon)
  • アンドルー・ペティグリー『印刷という革命』白水社 2015 (amazon)