2009-11-20
§ [clip] 小惑星探査機「はやぶさ」の帰還運用の再開について(JAXA)
2010年の地球帰還を目指して飛行を続けている小惑星「はやぶさ」ですが、11月4日以来、稼働中のエンジン2台のうちの1台の電圧が上昇し停止するというトラブルに見舞われていました。~
ref.JAXA|小惑星探査機「はやぶさ」のイオンエンジン異常について
これで4台あるうち3台が不具合を起こしていることになり、稼働できるエンジンは残り1台。このままでは地球に帰るために必要な加速が得られません。不死鳥「はやぶさ」もこれまでか、と思われましたが、どうやら運用チームはトラブルシュートに成功した模様。「はやぶさ」再び復活です。もう何度目でしょうか?すごい探査機/運用チームです。
現状、「はやぶさ」は機体の姿勢を変えるためのスラスターが全滅、同様の機能を持つリアクションホイールも3台のうち2台が故障しているという状態。太陽電池が受ける太陽の光のごくわずかな圧力とエンジンの燃料を生のまま噴き出すことで姿勢制御をするというとても変則的な運用を行いながら飛行しています。今回これに加えて、メインエンジンそのものも通常とは違う方法で運用をすることになりました。
さて、今回起きたトラブルとその解決方法を理解するためには、イオンエンジンがどういうものなのかを知っている必要があります。ちょっと長くなりますが、せっかくなので少し詳しく書いておきましょう。
イオンエンジンというのは、文字通りイオン、つまり「電荷をもった原子」を電気的に加速して推進力を得るエンジンです。プラスの電荷をもったイオンの前にマイナスの電極を置いてあげると、イオンが電極に向かって加速を始めます。イオンエンジンはこれを利用してイオンを噴射して推進力に変える、という仕組みのエンジンです。
ただしこのイオンエンジン、あまり力はありません。「はやぶさ」のイオンエンジンの推進力は通常時で8.5mN(ミリニュートン)、おおざっぱに言うと、手のひらに1円玉を乗せたぐらいの力です。そんなもので探査機が動かせるのかって?大丈夫、動かせます。力が弱い代わりに長ぁ〜く動かしてあげればいいんです。空気や重力が飛行を妨げない宇宙空間なら、長い時間加えてあげれば、弱い力でも十分に加速を得ることができます(逆にいえば、重力や空気抵抗にあらがうだけの力が出せないのでイオンエンジンでロケットを地上から飛び立たせることはできません)。
実はイオンエンジンは力が出せない代わりに燃料の効率がとてもいいんです。力がなくて加速に時間がかかる代わりに、ほんのちょっぴりの燃料で済む、これがイオンエンジンの大きな特徴。燃料をたくさん積めないかわりに、加速に多少時間がかかってもいい惑星探査機にぴったりのエンジンです。
はやぶさのエンジンの話に戻しましょう。はやぶさのイオンエンジンの燃料はキセノンです。このキセノンのガスをマイクロ波を使ってイオン化、つまりプラスの電荷を与えて電気的に加速してあげるわけです、がここに落とし穴が…。プラスの電気をもったものをどんどん噴き出していると、機体はどんどんマイナスに帯電していきます。これが電気機器に悪影響を与えるのはご存じのとおり。また、噴き出した原子が磁石の同じ極同士が反発するみたいにお互いに反発しあって広がってしまい効率が落ちてしまいます。さらに、一番問題なのは、せっかく加速させたイオンをマイナスに帯電した機体が引き付けてしまうこと。これだとちっとも推力が出ません。
そこで登場するのが「中和器」という機械。これはプラスの電荷をもったキセノン原子に今度はマイナスの電荷を与えて電気的に中性にしてあげる機械です。これで、冬場のセーターみたいにパチパチいったり、噴き出したガスがもわーんと広がったり、せっかく噴き出したガスを引き寄せちゃったりせずに済みます。これで万事解決。つまり、イオンエンジンというのはイオンを噴き出す「イオン源」と「中和器」のセットでできているということです。どちらが欠けてもダメ、2つでワンセットです。
さて、やっと今回のトラブルとその解決方法を説明できるところまで来ました、あともう少し。
「はやぶさ」はA/B/C/Dの4台のイオンエンジンを持っています。もちろんそれぞれに「イオン源」と「中和器」がついています。この4台うちAエンジンは打ち上げ直後にいまいち調子が悪いので止められていました。はやぶさは残りの3台で小惑星イトカワの探査を行いました。さて帰り道、2007年4月の段階でBエンジンが止まってしまいます。残りはCとD。現時点では2台使わないと地球へ戻ってくるだけの加速が得られません。しかも、CとDのエンジンも長く使っていたせいでだんだん性能が落ちていました。みんなが壊れるなよ〜と思っていた矢先、11月4日に今度はDエンジンが止まってしまいました。残りはCエンジン一つ。これでは地球に帰ってこられません。
そこで、はやぶさチームが考え出したのは、Bエンジンの「イオン源」とAエンジンの「中和器」を使って1台分にするという方法。と書くと簡単そうに聞こえますが、普通ならできません。さっきも書いたとおりイオンエンジンはイオン源と中和器がワンセットですから、どちらか片方だけ動かすという状況はほとんど考えられないからです。これ実は、設計段階でもしかしたら何らかのトラブルでこういう変則的な使い方をすることがあるかもしれないと、あらかじめそういう回路を作っておいたのだそうです(追記:元の回路にダイオードを1つだけ追加することで実現されているようです。コメント欄参照)。すげー!
ただし、AとBの2台を同時に動かすと、必要な電力もその分2倍になります。また、使われないBエンジンの「中和器」とAエンジンの「イオン源」にも電気が流れるため生のキセノンガスが漏れることになります。でも、現在はやぶさは太陽電池から十分なエネルギーを得られる位置にあり、またキセノン燃料もまだ十分に残っています。運がいいなあ。
このままA+Bエンジンがこのまま3月まで動作すれば*1、来年2010年の6月頃、はやぶさは地球に帰ってきます。がんばれー!
*1 もし、これらのエンジンがとまった場合には、そのタイミングによっては2013年に帰還を延ばすことになるかもしれないとのこと、
はやぶさは幸運の星・イトカワが輝く下に産み落とされた探査機かもしれませんね。あともう少し、頑張れ!<br>(なんだか、糸川先生が後押ししてるかのようです…)<br>はやぶさ設計&運用関係者の皆様、Good Job です!!<br><br>そして、冗長設計がこれほど見事に役立った事例も希ではないでしょうか?いろいろ考えさせられます。<br># 皆様も、HD のバックアップなど怠りなく…(苦笑)
>冗長設計がこれほど見事に役立った事例も希<br>いやほんとに、役に立たないに越したことはないんですが...<br>ただ、その意味でも工学実証衛星としては、ものすごいノウハウを積み上げてますね。
ダイオードひとつ分重くしただけでこういう運用ができるようにできた、ってのがすごいですよね! http://smatsu.air-nifty.com/lbyd/2009/11/post-1cd1.html
すごいですねえ、冗長性って言ってみれば無駄な部分ですもんね。<br>どこまで最小限の手間で最大の冗長性を確保するかというのが、こうした機器設計の腕の見せ所なんでしょうが...<br>ダイオード一つというのは本当にすごい。
もうね、ハヤブサチームには「真田さん」が居るとしか思えない。<br>「こんな事もあろうかと…」がこれ程見事に実現するなんてね。<br><br>そして、エンジン故障のニュースに飛びつかずに、めどがつくのを待って記事にするisana氏のセンスも流石です。<br><br><br>事業仕分けでGX中止勧告くらったみたいですけど、<br>こちらは京速コンピュータと違って仕方ないと考える人の方が多そうですね。
>そして、エンジン故障のニュースに飛びつかずに...<br>いやいや、それはたださぼってただけというのですよw<br>まあ、速報は松浦さんをはじめとしてタイムリーに情報を流してくださる方々が<br>いらっしゃいますし、自分はもうすこし「なぜ?」とか「どうやって?」のほうに<br>興味があるので...<br><br>GXは「本体は中止したほうがいいんじゃない?、エンジンはいいと思うけど、<br>もう一回よく考えてね」という感じなので順当な所かな、という気もしますね。<br>ちょっとずるずるやりすぎた感じはあるので、仕切り直すのはありなのかも。