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2013-01-21 中国が衛星破壊兵器の実験を計画中という噂について

§ 中国の衛星破壊兵器実験に対する懸念

年明けから、「中国がまた衛星破壊兵器の実験をするのではないか」「今度はGPSや静止衛星などの高軌道衛星をターゲットにするかもしれない」というニュースが流れています。まだ、確たる証拠のない「噂」の段階ですが、かなり嫌な噂です。

(2013.01.22 追記) 人民日報のWEB版が22日付けで、報道を否定する専門家の談話を掲載しています。内容は「中国は自国の衛星をも危険に晒すような無謀な実験は行わない」というもの。ただ、中国政府の公式発表ではなく、宇宙関連部隊を擁する中国人民解放軍第二砲兵部隊の教育機関に属する人の分析という形を取っています。

ref. Expert: China not to recklessly carry out ASAT test

中国は2007年1月11日に軌道上の自国の衛星「風雲一号C型」をミサイルで破壊するという実験を行い、その結果大量の破片が軌道上に撒き散らされ、スペースデブリ(宇宙ゴミ)となりました。これらの破片は衛星と同じく秒速数キロという速度で軌道を周回していて、国際宇宙ステーションや人工衛星に衝突すると大きな被害が出る可能性があります。実際に国際宇宙ステーションなどでも破片を回避するための軌道修正がしばしば行われています。

実験から1ヶ月後の「風雲一号C型」の軌道(白は国際宇宙ステーション)

また、2010年には弾道ミサイルを標的に、2007年の実験の発展型とみられるミサイルでの迎撃実験が行われました。中国側の発表では弾道ミサイルの迎撃実験とされていますが、2007年の実験の流れをくむ衛星破壊兵器の実験と見る向きもあります(この時はターゲットが弾道軌道だっためデブリの飛散はありませんでした)。

2007年の実験は高度850km付近で行われました。この高度では空気抵抗による軌道の低下が少ないため、破片は今後、数十年から数百年に渡って軌道にとどまると考えられています。もしこうした実験がGPSなどが周回する高度2万km、あるいは静止軌道上などの高軌道で行われると、破片は数千年から数万年軌道にとどまり、通信や測位、気象衛星などの運用に多大な影響が出る可能性があります。

§ 今回の経緯

今回の「懸念」について簡単に経緯をまとめておきましょう。

最初にこの話が出たのは昨年10月、米国の保守系ネットニュース『Washington Free Beacon』が、米国の諜報機関の内部情報という形で「中国が衛星破壊兵器の実験を計画中」という記事を掲載しました。GPSや早期警戒衛星などが周回する高高度を狙ったものではないか、という話もこの時にすでに出ています。ただ、この段階では大統領選が終わるまでは実施されないだろうという見方でした。

ref. Washington Free Beacon: China to conduct test of more powerful anti-satellite weapon capable of hitting GPS, spy satellites, but after U.S. election

この記事に対して、直後に中国国防部のスポークスマンが「そのような実験は計画されていない」と公式に発表。この話は一時は収束します。

ref. China Rejects Claim on Trying Missile for Destroying Orbital Craft:Global Security Newswire

しかし、今年に入って、1月4日に世界中の科学者を中心に組織されている非営利団体『Union of Concerned Scientists(憂慮する科学者同盟)』が、再び「中国政府の発表は嘘で、やはり実験が予定されているらしい」という記事を掲載しました。これもアメリカと中国両政府の内部情報によるものとされ具体的な情報の出どころはわかりません。内容的は最初に出た『Washington Free Beacon』とほぼ同じです。

ref.Is January Chinese ASAT Testing Month? - All Things Nuclear

これに対して、1月6日付けの『環球時報』(人民日報の国際版)が、実験の実施の有無は不明としながらも「衛星破壊兵器の実験はアメリカの宇宙での覇権に対する"トランプカード"であり、中国はその能力を保持すべきだ」という実験を肯定する論調の記事を掲載しました。

ref.Satellite test sparks overblown worries - Globaltimes.cn

これがここまでの流れです。

表面上は政府からの公式な発表は、昨年11月30日の中国国防部から出た「実験の計画はない」という公式発表のみ、あとは伝聞に基づくもので信頼に足る情報かというと疑問が残ります。とはいえ、アメリカ政府がリークという形で非公式にこうした発表を行うのはよくあることですし、人民日報は中国共産党の機関紙ですから政府の意向を汲むものと考えるのが順当でしょう。一連のニュースはあながち根も葉もない噂とも言い切れません。

実際、2007年の実験の際は、米国の航空宇宙関連雑誌『Aviation Week & Space Technology』のオンライン版が、政府内部からのリークという形で実験が行われたことを最初に報道。翌日、それを追う形でアメリカ国家安全保障会議のスポークスマンが「実験が行われたとみられる」という公式発表を行いました。中国は当初沈黙していましたが、5日後に実験の実施を公式に認める発表をしています。

単なる憶測に過ぎませんが、これまでの動きは両政府がメディアを使って間接的に牽制しあっている状態、という印象を受けます。単なる杞憂に終わればいいのですが....

§ 政治的背景

今回の衛星破壊兵器実験についての噂の政治的な背景はちょっと複雑です。無法者が無法なことをやろうとしているという単純な図式では語ることができません。実は、中国はこれまで一貫して宇宙空間で兵器を使用することに反対する立場を取り続けているんです。ここまでの経緯を読むと、え?という感じですが、これは事実です。

宇宙空間の軍事利用を制限する条約としては、1963年の部分的核実験禁止条約と1967年の宇宙条約がありますが、これらは宇宙空間での大量破壊兵器の使用・配備を制限したものです。この宇宙条約の内容を通常兵器まで拡張しようというアイディアは90年台から国連の軍縮委員会で度々議論されてきましたが、未だ合意には至っていません。そして、21世紀に入ってこの「宇宙空間での通常兵器使用」を制限する条約を主導してきたのは実は中国とロシアなんです。

2001年に中国が単独で、2002年と2008年には中国とソ連が共同で「宇宙空間でのすべての兵器使用を禁ずる」という趣旨の条約案を軍縮委員会に提出しました。これは「通常兵器の軌道上への配備」と「軌道上物体への武力による威嚇および武力の行使」を禁じるものです(偵察衛星や早期警戒衛星などの軍事衛星の利用はここには含まれません)。これらは一見素晴らしい提案にも思えますが、いずれもアメリカなどの反対により調印には至りませんでした。

最大の問題はこの「宇宙空間での兵器使用」に弾道ミサイルの迎撃が該当するか否かが曖昧な点です。冷戦以後、核兵器に対する対応は冷戦時代の報復力の強化から、種々の条約によって核兵器の全体量を減らしつつ拡散を防止し、万が一のために防御力を高めるというやり方にシフトしてきました。迎撃ミサイルはこのポリシーの要ですから、これの枷となるような事態は極力避けたいというのが実情でしょう。

アメリカ側から見れば衛星攻撃兵器を開発しながら「全ての武器使用を禁ずる」という条約への加盟を迫るのは矛盾していてとうてい信頼できない、ということになります。特に2008年は件の実験の直後ですから、信用しろというのも無理があるでしょう。逆に、中国視点で見れば、アメリカがこちらの提案を蹴って宇宙の軍事化を進めようとしている、これに対抗するためには我々もこうした兵器の研究をやめる訳にはいかない、ということになるでしょうか。

これは、どちらが正しいか、という話ではありません。国家間に無条件の信頼関係はありえませんから、どちらの言い分も「はいそうですか」と受け入れる訳にはいかないでしょう。お互いに銃を突きつけながら「おい、やめろよ」「お前がやめたら俺もやめるよ」と言い合っている...ある意味、冷戦時代の核軍縮協議と同じ構図とも言えるかもしれません。

§ もし実験が行われたら...

もちろん、冒頭で述べたようにスペースデブリによる直接の被害が起きる可能性がありますが、政治面でも大きな懸念があります。それは新たな実験をトリガーにさらに宇宙空間の軍拡競争が激化することです。上にも述べたように、現時点では宇宙空間の軍事化については、止めたほうがいいよねという暗黙のコンセンサスがあるだけで、実行力のある条約はありません。

実際、中国の実験の約一年後、2008年2月21日にアメリカが自国の偵察衛星を高度240kmで破壊するという実験を行いました。この実験は高度が低かったためデブリはさほど拡散せずに短期間で地上に落ちています。アメリカの発表では落下寸前の衛星を破壊することで大気圏で燃え尽きさせるという名目でしたが、タイミングを考えても中国の実験を意識していることはまず間違いないでしょう。また実験が行われれば同じ事が繰り返されないという保証はありません。

ここ最近、スペースデブリや地球近傍に接近する小惑星などの問題を通じて、持続的な宇宙開発のために国家間の協力が必要不可欠であるという考え方が徐々に一般的になってきています。デブリの低減などに関して行動規範が作成され、軌道上物体の監視などで協力体制を築こうという動きが盛んになってきました。つまり宇宙空間を人類共通の資産として共同管理しようという動きです。これには日本も大きくコミットしており、決して他人ごとではありません。衛星破壊兵器の実験はこうした動きにも水を差すことになりかねないんです。

噂が噂で終わることを切に願います。