Garbage Collection


2006-01-13 なんだかゆらゆら揺れる話ばかり書いていたら、気分がふわふわしてきたよ。

§ [clip] 重力波が伝わる様子を捉えた衛星写真

Gravity Waves(NASA/IMAGE OF THE DAY)
タイトルを見て驚いた人ごめんなさい。「重力波」違いです。Image Of The Dayでタイトルが「重力波」?え?と思ったら、なんともすばらしい写真でした。これは「大気重力波」と呼ばれる現象を衛星軌道上から捉えた画像。でも、天文学や物理学の分野で言う「重力波」とは別のものです。
「大気重力波」というのは、いってみれば大気に起きる波のこと。決して珍しいものではありません。我々の頭の上でも日常的に起きているものです(普通は肉眼では見えませんけどね)。山脈や前線、低気圧などで上空に押し上げられた空気の塊は、周りの大気に比べて圧力が高くて重いために、すぐに落ちてきます。でも、勢いがついていますから、自分がもといた大気圧のところで止まらずに下方の濃い大気の中まで入り込みます。今度は周りの大気のほうが圧力が高くなりますから、空気の塊は浮かび上がろうとします。これが繰り返されることで、あたかも大気に波が立っているかのように気流が上下に波打つんです。どうやら重力が駆動力となって波が起きることから「大気重力波」と呼ばれるようです。ちょっと紛らわしいですねえ。
この大気重力波、規模の大きいものでは持続時間が数十時間、水平方向の伝播距離は数千km、垂直方向の影響範囲も100kmに及ぶといわれています。高度100kmといえば大気の最上層部ですから、とても広い範囲で大気を上から下までかき混ぜることになります。実際、大気重力波は地球全体の大気の循環や、オゾン層の変動などにとても大きな役割を果たしているといわれているんです。
大気の状態によっては、上昇部分に雲ができることがあり、肉眼でもその存在を確認できることがあります。上の写真でも筋状に雲が連なっているのが分かると思います。
さて、この写真何が面白いかというと、実は海の上に大気重力波の痕跡が写っているんです。よく見ると、筋状の雲と平行に海面に明暗のパターンが出来ています。ぱっと見るとただの波のように見えますが、これは大気重力波によって下降した空気の塊が海面に触れ、表面を乱すことによって出来たパターンなんです。
え、何でわかるかって?実は、この写真に普通の波が写るはずがないんです。なにしろ、写真の上部の島影はインドネシア、下の方に広がっているのはオーストラリアなんですから。大気重力波がどれくらいスケールの大きな現象なのかが、とても良く分かる写真です。

§ [clip] Twinkle, twinkle, little star...

Scientists See Better, Fainter with New Keck Laser Guide Star(Keck observatory)
ケック望遠鏡のレーザーガイド星が次々といい成果を出しているよ、というお話。ケック望遠鏡は8m〜10m級で唯一レーザーガイド星を実用に使っている望遠鏡です。いーだろ、ふふふ。という感じかな?そういえば、今年(2006年度)中には、国立天文台のすばる望遠鏡でも、レーザーガイド星を使った試験観測が始まるはずです。このぶんだと、すばるのレーザーガイド星も期待できるかな?楽しみですねぇ。
で、レーザーガイド星って何なのさ?
えーと、分かりました。ちょっと長くなりますが、例のごとくやってみましょう。
今、大型望遠鏡業界(どんな業界だ?)で、最も注目を集める技術の一つに「補償光学(AO: Active Optics) 」というものがあります。一言でいえば、望遠鏡の大敵である空気の揺らぎを物理的にキャンセルしてしまう技術のこと。すげー!いや、これ簡単なように見えますが、ものすごく高度な技術なんです。
焚き火越しに遠くの景色がゆらゆら揺らいでいるのを見たことがあるでしょうか?ちょうどあれと同じようなことが、星を見た時にも起こります。上空の大気のむらがそこを通ってくる光をゆがめてしまうんですね。風の強い日や空気が湿っている日に星がきらきら瞬いて見えるのはこのためです。この揺らぎのために、地上に置かれた望遠鏡は本来の性能を出すことが出来ません。たとえるなら、どんなに高性能の大きな望遠鏡を作っても、レンズや観測機器の性能からいえば本当ならゴマ粒が見分けられるはずなのに、空気の揺らぎが邪魔でグリンピースぐらいのものしか見分けられなくなってしまうんです。あんまり違わないって?いえいえ、望遠鏡の性能ぎりぎりのところで新発見を競っている天文学者にとっては、死活問題です。というわけで、あのゆらゆらをどうにかしたい!というのは天文学者の悲願でした。それが可能になったのはごく最近のことです。そりゃもう、天文学者大喜び。いまや、天文関連のニュースの端々に「補償光学」の文字が躍っています。
じゃあ、具体的にどうすればいいか?「リアルタイムで像のゆがみを測り、それを打ち消すように望遠鏡に入ってきた光をもう一度ゆがめて元に戻してあげればいい」*1。言うは易し。もう一度焚き火のゆらゆらを想像してみてください。リアルタイムであの揺らぎを補正してゆがみの無い画像を作ることを考えれば、これがいかに難しいかわかると思います。まず前半を実現するためには、高い精度で大気の揺らぎを計測しなければいけません。天文学者が見たいのは、基本的にまだ誰も見たことのないものです。当然誰も正しい形を知りません。形の分からないもののゆがみをどうやって測ればいいんでしょうか?そして後半を実現するためには、計測結果を元にものすごい精度と頻度で鏡やレンズをゆがめてあげなくちゃいけません。こりゃ大変だ。
さて、レーザーガイド星というのは、この前者の問題に関係しています。もし、揺らぎの向こう側に形の分かっている星があれば、その像がちゃんと見えるように直せば、未知の天体も本来の形に戻ってくれるはずです。この「ゆがみの参考にする星」のことを「ガイド星」と呼びます。ただし、必ずしも観測したい星のそばにちょうどいいガイド星があるとは限りません。このため、補償光学が適用できる星は限られていたんです。離れてちゃダメなの?ダメです。目標の星とガイド星が離れていると、両者の間に揺らぎ方の差ができてしまって意味がなくなってしまうんです。
えーどうにかならないの?と、ここで登場するのが「レーザーガイド星」。これは、地球の大気の上層部分、高度約90km〜100kmにあるナトリウムの層にレーザーを照射して (訂正:dtomonoさんのコメント参照)人工の星を作り出すシステムです。いわば「どこでもガイド星」ですね。なんだかドラえもんの秘密道具みたいですが、天文学者にとってはかなり近いものがあります。なにしろ、これさえあれば、空のどこに望遠鏡を向けても補償光学の恩恵を受けられるんですから。そりゃもう、天文学者大喜び。今はケックだけですが、各国共に開発にしのぎを削っていますから、そのうち天文関連のニュースの端々に「レーザーガイド星」の文字が躍ること必須です。
ちなみに、後半の「高度な制御技術」のほうは、この10年ほどで技術の進歩が天文学者の願いに追いつきました。いくつか方法がありますが、今主流なのは小さな変形する鏡を望遠鏡とカメラや観測機器の間に挟んで、これを毎秒数千回という頻度で変形させる方法。コンピューターの計算速度と制御技術が向上して、ようやく実現したんです。それでも、まだ波長が長くて補正に余裕のある赤外線領域でしか使えないんですけどね。
まあ、このレーザーガイド星にも欠点はあって、ガイド星から上の揺らぎは補正できないとか、地面のゆれに伴ってガイド星が揺れてしまうとか、本物の星を使ったガイド星には及ばない部分もあるんですが、それにしても革命的な技術であることは確かです。

*1 何でリアルタイム?揺らぎを「録画」しておいて後からそれぞれの画像の差分を取って補正すればいいじゃないか、と思ったりもしますが、これは天体望遠鏡にはあまり向かないやり方です。実際にそういう方法もありますが(スペックル干渉法)、天文の分野ではごく限られた目的にしか使えません。この方法の最大の欠点は、一枚一枚の画像の撮影時間がとても短いために、暗い星には使えないことです。天体望遠鏡の場合は、少しでも沢山の光を捉えるために一枚の写真になるべく時間をかけたいんです。

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> dtomono (2006-01-13 17:10)

「ナトリウムの層で、2本以上のレーザーを交差させる」というのは誤解を招きそうです。ナトリウムの輝線(塩をガス台に散らすと見える橙色のD線)と同じ波長のレーザーをうちあげれば、ナトリウムの層でナトリウムがレーザーのエネルギーを吸収して再放射するので星に見えます。レーザーをD線の波長にするのが難しいので、打ち上げる前に2つの波長のレーザーを干渉させてD線の波長にしたりしています。この辺も腕の見せどころ。<br>http://www.naoj.org/Pressrelease/2005/07/06/j_index.html に理研での実験の写真がありますね。

> isana (2006-01-13 17:45)

きゃあ、「2つの波長のレーザーを干渉させて」を勝手に「上空で」と勘違いしておりました。波長をそろえるために打ち上げる前にやるんですね。なるほど。