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2007-03-14

§ *TMTからAURA(NSF)が脱退

米国の30m級望遠鏡計画のひとつThirty Meter Telescope(TMT)に計画立ち上げ時から参加し、米国科学財団(NSF)の窓口となっていたAURAが昨年末にプロジェクトから脱退した。今後は、国内の次世代望遠鏡計画の調整役としてプロジェクトに関わるとのこと。~

ref.TMT Newscast: Issue 7: January 2007(TMT)

日本の次世代計画がTMTに参加する方向で検討中、という話が気になったので調べているうちに行き当たったニュース。なんでこれが問題かというと、この決定が「アメリカ国内の天文関連プロジェクトを整理しよう」という戦略の一環だから。見方によっては、単に1プレーヤーが降りたというだけじゃなくて、今後米国内の次世代計画が再編される布石とも取れる。

ちょっと長くなるけれど、忘れないうちにTMTを巡る事情をまとめておくことにする(ちゃんと理解しているかどうかいまいち不安だけれど...)。

§ ***アメリカの天文台再編と次世代望遠鏡計画

米国科学財団(National Science Foundation:NSF)というのは、アメリカ国内の科学研究に対して資金援助を行っている政府機関。NSFはAURA(Association of Universities for Research in Astronomy, Inc.)という大学コンソーシアムを通じて国立光学天文台(NOAO:National Optical Astronomy Observatory)の施設を運用している。

さて、最近NSFには心配なことがあった。それは「このまま国内の天文関連施設が増えていったら、資金が足りなくなる」ということ。なにしろ、天文台の寿命は結構長いのに、天文学の進歩はやたら早い。最新の研究をキャッチアップするには新しい機材をどんどん投入しなくちゃいけないけれど、だからと言って既存の天文台をばんばん捨てるわけにはいかない。このまま既存の施設を維持しながら、新しい計画にホイホイお金を出していたら、そのうち予算が底をついてしまう。

というわけで、昨年末あたりからNSFの天文学部門は国内のプロジェクトの最適化を図るという方針を打ち出していた(どうやらアレシボ閉鎖か?というのはこの方針の元で検討されたものみたい)。特に次世代計画は規模も大きくてお金がかかるから、計画段階から積極的に関わって現状複数あるプロジェクトを調整しつつ落とし所を探ろう、ということになった。NSFはAURAにこの調整役を打診。AURAはNSFの方針に同意して「僕たちは天文学の世界でNASAのような役割を果たしていくよ」という宣言をした。

今、アメリカ国内には、Thirty Meter Telescope(TMT)とGiant Magellan Telescope (GMT)という、2つの巨大望遠鏡計画がある。これまで、AURAは次世代望遠鏡を推進するという目的の下、TMTだけに参加していたんだけど、さすがに調整役が片方のプロジェクトだけにコミットするわけにはいかない。かくして、AURAはTMTから手を引き、「今後は調整役としてプロジェクトに関わる」ということになった、というわけ。~

ref.Steps Towards a National GSMT Program (AURA)※PDF

上の文書のタイトルが「'a' National GSMT Program」になっているのに注目。この決定の元になったNSFの報告書にも「現実的に国内で2台の超大型望遠鏡を維持するのは無理じゃね?」という見解が示されていて、「NSFはこの両者をマージする方向で積極的に調整を図るべきだよ」と書いてある。もちろんKeck望遠鏡がそうであるように、AURA/NOAOと切り離した形で新しい望遠鏡が作られる可能性もあるけれど、複数のプロジェクトが走っているとその分国内のリソースが分散してしまうから、アメリカの天文学全体の利益を考えるとあまり賢いやり方とはいえない。というわけで、AURA/NOAOとしては両者を統合する方向で動きたい、という感じ。~

ref. FROM THE GROUND UP:BALANCING THE NSF ASTRONOMY PROGRAM(NSF)※PDF

もし、本当にTMTとGMTが統合されることになるとしたら、アメリカの次世代計画はこれからまだ大きく動くことになる。少なくとも、これでTMTを巡る情勢はさらに読みにくくなったと言えるかもしれない。

§ ***日本の次世代計画とTMT

もちろん、日本も巨大望遠鏡計画に名乗りを上げていて、JELT (Japan Extremely Large Telescope)という名前で検討を進めていた。取りうるオプションはさほど多くない。独自路線で行くか、どこかと組むか。とはいえ、独自路線は莫大な建設費を負担することになるから、あまり現実的とはいえない。じゃあ、組むべき相手はアメリカのTMTか?GMTか?あるいは、ヨーロッパ南天文台(ESO)主導のE-ELT (European Extremely Large Telescope)か?

現段階では、どうやら日本はTMTと組む可能性が高そう。日本がTMTに接近しているのは、次世代計画の中で唯一ハワイに設置される可能性があるから。なにしろ、北半球に設置されればすばる望遠鏡の観測結果が使える。つまり、30m級の時代になってもすばる望遠鏡が生き残っていく道が拓ける。逆に、30m級が南米に行ってしまうと、日本の国立天文台は南半球に大型の可視光望遠鏡を持っていないからすごく不利になるし、すばるの魅力も半減する。というわけで、日本としてはぜひTNTにハワイに来て欲しい(逆に言えば、TMTがハワイに来ないなら組む意味はあまりない)。ここはひとつ、TMTの後押しをしつつハワイへの誘致を積極的に進めよう、というのが日本の戦略。TMTにとっては日本の資金力は魅力的だし、すばる望遠鏡が協力関係になるのは色々とメリットがあるから、決して悪い取引じゃない。勝算は十分にある。

ただどうせ参加するのなら、完成後の運用にもちゃんと口を出せる位置を占めたい。そのためにはお金だけじゃなくて、もう少し深くプロジェクトに関わる必要がある。でもプロジェクトはすでにかなり進行しているから、今から望遠鏡本体の設計に関わるのはかなり難しい。となると、補償光学システムや観測機器、すばる望遠鏡での観測協力なんかをお土産にプロジェクトに関わっていくことになる。しかも、日本は今南米に作っているALMAがひと段落するまでは大きな資金は動かせない。これで本当にプロジェクトの中でプレゼンスを発揮できるのか?というのはちょっと不安なところ。~

ref.すばるユーザーズミーティング/光赤天連シンポ資料

§ ***雑感

さて、ここからは憶測と、個人的な感想。あまり本気にしちゃダメだよ。

TMTへの参加で一番怖いのは、アメリカの国内事情に振り回されてプロジェクトが二転三転してしまうこと。日本の天文学は決してリソースが潤沢とはいえないから、人員や資金を食われたままずるずるプロジェクトが引き延ばされたりすると、かなり切ないことになる(ISSの悪夢再び)。

その意味では、NSF+AURA/NOAOが打ち出した「国内の天文学リソースの最適化」という課題は日本にだって当てはまる。このまま次世代計画が軌道に乗ったとしても、それ以外に何も出来ませんという状況では日本の天文学の将来はかなり危うい。日本がどんなに深くTMTにコミットしたとしても観測時間の割り当ては限られているから、使えるのはごく一部の研究者だけという事態も充分考えられる。では、そうなった時に「30m望遠鏡」というピークを支える裾野をどうやって固めるか、というのはものすごく重要な課題だよね。

ともあれ、幸か不幸か日本が具体的に動き出せるのはもう少し先(まとまったお金が動くのはALMAが完成する2012年以降)。今できるのは、事態の推移を注意深く見守りつつ、国内の意思を統一して飛ぶべきときにちゃんとジャンプできるように準備する、という感じだろうか。

どうやら、日本の天文学コミュニティがどっちへ舵を切るか?という議論は始まったばかりみたい。どうしても外から見ているとピークの部分の話が大きく聞こえてくるけれど、そこへ至るルートのデザインも忘れないで欲しい。

何にしても、いま世界の天文学は、次世代計画が具体的に見え始めてなかなかスリリングな状況になりつつある。いよいよ目が離せなくなってきた感じ。

本日のツッコミ(全8件) [ツッコミを入れる]
> ブロガー(志望) (2007-03-14 19:41)

お邪魔します。<br> 以前アストロアーツで気になる記事を見た事があります。<br><br>ハワイの人々にとってマウナケア山は「日本人にとっての富<br>士山」みたいなものなので、モノがボコボコ作られる事はあ<br>まり気持ちの良いものではない。さらに環境団体とかが<br>「(固有の)生態系の保護」等を掲げて「これ以上作るな」<br>どころか「今有る天文台を降ろせ」という主張を行ってい<br>る。そのためかケック2基を連動させるために小望遠鏡4基を<br>建設する計画があるが、そのための許可が中々おりない(も<br>うおりたのかな?)。<br><br> TMTもマウナケア山に建設するとしても、すんなりいくの<br>かが心配です。

> isana (2007-03-15 00:24)

いや、もともと地元との協定で、マウナケアの頂上に立てられる施設の数が決まっているんじゃなかったかな?<br>だとしたら、地元の主張はある意味当然です。もともと、そういう約束なんですから。<br>TMTもマウナケアに立てるなら、既存の施設を解体することになるでしょうね。

> ブロガー(志望) (2007-03-15 21:09)

>もともと地元との協定で、マウナケアの頂上に立てられる施設の数が決まっているんじゃなかったかな?<br><br> お教えいただきありがとうございます。で心配なのです<br>が、「政治(的)決着」となると「ゴネるが勝ち」の要素も<br>ありますので(典型例:六ヶ国協議)、ひょっとしたらすば<br>る望遠鏡が下ろされたりしないかと。それとTMTはもしでき<br>ればすばるやケックと比較しても巨大なので、解体される既<br>存施設が一つで済むのかという事も。

> isana (2007-03-16 01:34)

>ひょっとしたらすば る望遠鏡が下ろされたりしないか<br>いやー、さすがにそれはないとは思いますが...だったらすごくやだなあ。<br><br>まあ、いくら30mが魅力的だからといって、「すばる」とバーターでは、<br>あまり意味がないので、日本がその条件をのむことはないと思います。<br><br>視野が広くて使いやすい「すばる」は他の研究チームにとっても、<br>魅力的な望遠鏡なので、残しておく方が何かと便利じゃないかなあ。<br><br>ただ、「君のところの望遠鏡を降ろしてくれたら、TMTを優先的に使わせてあげるよ」<br>という交渉の仕方だってありますからね。

> dtomono (2007-03-16 20:46)

いやー…いろいろありました/ます。が、すばる、あるいは他の既存の望遠鏡とTMTをバーターにする、という話は聞いたことはありません。

> isana (2007-03-16 23:26)

dtomonoさん、ありがとうございます。<br>考えてみれば、そんな虫のいい提案が通るとも思えませんね。<br>老朽化してるとか、もうほとんど使ってないとかじゃない限り、<br>リスクが大きすぎるもんなあ。

> ブロガー(志望) (2007-03-21 10:09)

Seminar<br>http://www.kusastro.kyoto-u.ac.jp/~iwamuro/LECTURE/GENERAL2/<br><br>によればGMTは既に1枚目の鏡を磨き始めているそうです。も<br>し「TMTとGMTの一本化」という事になればGMTの方が有利で<br>はないでしょうか(作るだけでも大変な8m級の鏡を無駄には<br>できない?)。尤もこうしてみると同じ超巨大望遠鏡とはい<br>えTMTとGMTは違い過ぎるように思えますので、一本化が可能<br>なのかとも思いますが(どちらかを断念?)。<br><br> 後、外部から見て「どうしてそんな事を」と思えるような<br>事がしばしば起こるのが「政治決着」というものではないで<br>しょうか。六ヶ国協議でもアメリカの金融制裁解除に対する<br>北朝鮮の回答は「会議のボイコット」でしたが、こういった<br>事は事前に十分予想の出来た事では。

> isana (2007-03-23 02:55)

>も し「TMTとGMTの一本化」という事になればGMTの方が有利で はないでしょうか<br>ただ、性能はTMTのほうが遥かに上ですし、ライバルになる予定のEELTは口径が42mですから、 <br>国内にどちらか一つということになったら、TMTが選ばれる可能性もかなり高いと思います。 <br>まあ、「一本化するぜ」と言っているのはAURA/NOAOだけですから、 <br>どちらかが「NSFの援助がなくても大丈夫」ということになれば、両方作られる可能性もありますね。 <br><br>>後、外部から見て「どうしてそんな事を」と思えるような 事がしばしば起こるのが<br>>「政治決着」というものではないでしょうか。<br>ゴネるにしても、譲歩するにしても、政治的な選択がなされるとすれば、<br>外部からどんなに意味不明に見えても、必ず理由があるはずです。<br><br>本来はTMTができるからといって、すばる望遠鏡とは何の関係ありませんから、<br>地元と交渉して建設許可を得るか、自分の持っている望遠鏡を降ろすか、の二つに一つです。<br>アメリカの望遠鏡のために、日本の望遠鏡を降ろす理由はありません。<br><br>もし、日本がTMTに参加すれば、日本も関係者ということになりますが、<br>日本が参加したいのは、すばるがマウナケアにあるからです。<br>すばるを降ろしてしまったら、日本が参加する意味がほとんど無くなってしまいます。<br><br>というわけで、TMTを建てる代わりにすばる望遠鏡を降ろす理由はちょっと考えにくいと思いますよ