Garbage Collection


2011-07-24 スペースシャトルの最後の夜に...

2011年7月21日、スペースシャトルプログラム最後の夜、信じられないような事がNASA-TVの中で起きた。たぶんこれはごく個人的な小さな小さな奇跡だ。でも僕にとってはとてつもなく大きな出来事だった。まだ自分でも何が起きたのかよくわかっていないけれど、忘れないうちに書いておくことにする。

*

その夜、僕はドキドキしながら、STS-135 Atlantisの最後の帰還を待っていた。NASA-TVの画面の中では、いつも通り帰還に向けた準備作業が続いている。"Go for de-orbit burn"、軌道離脱噴射にゴーサインが出る。どうやらAtlantisは予定通りケネディ宇宙センターに帰還するらしい。30年以上に渡るスペースシャトルプログラムの歴史を閉じる最後の再突入。画面にミッションコントロールセンターが映る。見慣れたこの光景もこれが最後かと思った矢先、画面に信じられないものが映っていた... え、GoogleSatTrack?!

image : NASA-TV
(ストリーミング画面のキャプチャ)

軌道離脱を待つミッションコントロールセンター、管制チームが注視する巨大なスクリーンの真ん中に見慣れた画面が映っていた。

image : NASA-TV
(着陸後に公開されたミッションコントロールセンターの映像からキャプチャしたもの)

後日公開されたSTS-135 Atlantis再突入時のミッションコントロールセンターの映像。
GoogleSatTrackが映っているのは冒頭1分ぐらいから7分あたりまで。
(実際に流れていたNASA-TVのストリーミングとは微妙に違います)

何百回、何千回と見慣れた画面、見間違えるはずもない。すぐにそれが自分の作品だと直感したものの、どうしても信じられなかった。いや、だって、一介のアマチュアプログラマが作ったWebアプリが、ミッションの中でも一番クリティカルな大気圏再突入前のミッションコントロールセンターの画面に映っている*1。これで信じろという方がおかしい。見慣れたアイコン、昼夜境界線、ISS/シャトルの軌道を示す赤いグラウンドトラック、うっすら見える左上の設定アイコン、全部同じだ。でも...

そして、すぐに一つの事実に気づいた。いつもは、軌道離脱噴射の終了を見届けた後シャトルのトラッキングを止める。公開されているデータではここから先の軌道を追うことはできない。放っておけば徐々にずれが大きくなる。でも、もし、あそこに映っているのが本当に自分の作品なら、ここで設定を変えるとあの画面からシャトルが消える、そんなことをしていいのか?

いつもなら、やろうと思えば誤差が大きくなるぎりぎりまで追跡することはできる。たいていNASA-TVの画面にはミッションコントロールセンターの画面が映っていて、そこには「正解」が出ている。でも今回はその手は使えない。なにしろいつも正解が映っているはずの場所に、自分の作品が映っている。

僕はしばらく迷って、やはりトラッキングを切った。開発者としてこれ以上は精度を保証できない。もし、仮にこのままほおっておけば、画面上ではAtlantisはKSCに降りることなく地球を回り続ける。そんなデータをいつまでも表示させ続けるわけにはいかない。

あんなに緊張して設定ファイルの更新をしたのは初めてかもしれない。なにしろこのファイルにミスがあると、データを更新した時にプログラムがエラーメッセージを出して止まる。設定ファイルをアップロードして、すぐさま自分の手元に立ち上げた該当ページを更新する。問題なく動作しているのを確認。もうこれで僕にできることはなにもない。

GoogleSatTrackは、たとえ立ち上げっぱなしでも1時間に一度すべてのデータを更新するようになっている。NASA-TVの中の画面は、グラウンドトラックの赤い線の伸びで、立ち上げてから結構時間がたっているのが分かっていた。もし、あれが本当に自分の作品なら、そのうちシャトルのアイコンが消え、国際宇宙ステーションだけが残る。あるいは、画面がホワイトアウトしてエラーメッセージが出るか...

数分後、NASA-TVの中で画面表示がリフレッシュされ、シャトルのアイコンが消えた。エラーメッセージは出ず、国際宇宙ステーションだけが画面に残る。意図した通りの動作。そして、それはそこに映っているのがまぎれもなくGoogleSatTrackである証拠だった。ああ、やっぱりあれは自分の作品だったんだ*2

と同時に、我ながら変な話だと思いながらも、ちょっと申し訳ない気分になった。ごめんなさい、僕のアプリケーションではあれ以上は追えません。ただ、NASA-TVの画面では解像度が低くて見えないけれど、タイトル欄には"International Space Station (STS-135 has re-entered the Earth's atmosphere)"と出ているはずだ。あそこにいる人たちなら、そのメッセージの意味は間違いなく分かるだろう。

そして、画面はほどなく、Atlantisからのテレメトリをもとにしたいつものリアルタイム表示に変わった。画面の中では、シャトルの航跡を示すオレンジ色の表示がフロリダへと向かって伸びている。どうやらAtlantisは順調に飛んでいるらしい。緊張の糸が切れる。どうやら僕のプログラムは、果たすべき役割をちゃんと最後まで果たしてくれたらしい。よかった...

GoogleSatTrackでの最後のシャトルミッションの追跡はこうして終わった。感慨に浸る間もなく、山のような混乱と戸惑いを僕に残して。

*

今わが身に起きたことを振り返り、改めて驚愕する。今、なにが起きた?なんで地球の裏側でNASA-TVの画面を見ながら、一介のアマチュアプログラマーが緊張しながら設定ファイルの更新をしているんだ?!というか、そもそもなんであんなところに自分の作品が表示されているんだ?いや、どう考えてもおかしい。まるで意味が分からない。

確かに、サーバのログにしばしばnasa.govのドメインが入っていることはあったから、誰かが中で使っているのは知っていた。NASAの公式アカウント国際宇宙ステーションのフライトディレクタがTwitterでGoogleSatTrackを紹介してくれたこともあった。でも、せいぜいそれは「面白いサイトがあるよ」という紹介ぐらいのことだと思っていた。まさか実際のミッションの中で使われていようとは...

いや、だってNASAですよ?ミッションコントロールセンターですよ?「Failure is not an option」の世界ですよ?ああいうところで使われるハードやソフトはそれなりのレビューを経て使用に問題がないかどうかを厳しくチェックされるんじゃないの?いや、だって何も聞いてないですよ?あの、私、プログラマーでもなければ、軌道力学の専門家でもないですよ?プログラミングは趣味でやってるだけですよ*3

いや、もしかしたら、大したことじゃないのかもしれない。あれはむしろ広報用の画面で、中の人はあんなの見ていないのかもしれない(気のせいかみんなガン見してたけども...)。たまたま気に入ってくれた広報の人が映していただけなのかもしれない。いや、でも、ええええ!?

*

アメリカ東部夏時間2011年7月21日午前5時57分(日本時間同日午後6時57分)、STS-135 Atlantisは予定通りケネディ宇宙センターに帰還した。"Wheel stop, welcome home Atlantis!" おかえりなさい、お疲れさま!それに続く、否応なしに最後のミッションを感じさせる、ミッションコントロールとAtlantisの感動的な言葉のやり取り。ああ、もう終わるんだ...

ずっとシャトルのミッションを追いかけながら、この瞬間、自分が何を考えるのかずっと気になっていた。やっぱりさみしく思うんだろうか?もしかしたら泣くかもしれない(最近どうにも涙もろくなったし)。なにしろ、スペースシャトルは子供のころからの夢の象徴みたいなものだ。それが最後のフライトを終える。感動しないはずがない。

...いや、それどころじゃなかった。やっぱり僕は泣いた。でも、さみしさだけではなかったと思う。色々な感情が押し寄せて来て、どかっと何かが溢れた。よりにもよってシャトル最後の夜にこんなことが起きるなんて。なんという夜か...

こんなことがあるなんて思ってもみなかった。前にも書いたけれど、僕はただ、自分の見たいと思っていたものを作っただけだ。それはずっと変わらない。楽しんでくれる人がいるといいなとは思っていたけれど、根っこのところは自分のためだ。僕は自分のためにあのアプリケーションを作り、自分のために磨きつづけた。そうじゃなければ、あんな苦労なんてしない。

何かを目指していたわけじゃない。ただ、こっちのほうかな?と思いながら歩き続けていただけだ。てくてく歩いていたら、いつのまにかこんなところに来てしまった。でも、ここはどこなんだろう?

*1 (補足) 当然NASAはアトランティスの位置を正確に把握していますし、独自のトラッキングシステムも持っています。GSTは位置をわかりやすく表示するために使われていただけで、NASAはGSTのデータを使って管制していたわけではありません。GSTに何か問題があれば普段使っている自前のトラッキング画面に切り替わったはずです。

*2 後日サーバのログを確認したら、確かにこの時ジョンソン宇宙センターの中で2つのGoogleSatTrackが立ち上がっていて、そのうちの一つにこのタイミングでリロードがかかっていました。

*3 本職は書籍の編集者・ライターです

§ Referance

本日のツッコミ(全27件) [ツッコミを入れる]
> ないとう (2011-07-25 20:05)

すごすぎ笑

> gunya (2011-07-25 21:48)

あなたはもっと自信をもって、作品を誇っていいと思うよ

> shibaken (2011-07-25 23:44)

驚きを持って楽しく読ませていただきました。素晴らしいですね。次は映画化の話しがくるのでは。

> piyoko1030 (2011-07-26 03:37)

鳥肌が立ちました。Macを創ったスティーブジョブスの言葉を思い出しました。<br><br>“僕らはMacを他の人のために作ったわけではありません。自分たちのために作ったのです。だから僕ら自身が、それが偉大かどうかを判断できたのです。だからマーケットリサーチも必要ありません。僕らはただ自分たちの出来る最高のものを作りたかったんです。 もし自分が大工で、美しいチェストを作ろうとしているなら、背面には合板なんて使いません。それが壁に面していて、誰も見ない場所でも、です。それがそこにあると知っているのですから、背面にも美しい木材を使います。夜にぐっすり眠るためには、美しさや品質を貫いていく必要があるんです。”<br>― 29歳のスティーブ・ジョブズ、iPLAYBOYで読んでみました&#160;: ギズモード・ジャパン

> yamashiro (2011-07-26 12:49)

シャトルは私の夢でした、ありがとう、おつかれさま。<br>改修後のハッブルの成果を見たときの感激は、今でも<br>忘れられません…「人間って凄い!」。<br><br>そして isana さん、以前、打ち上げにご招待頂いた<br>だけのことはありましたね。おめでとうございます。<br><br>Google StarTrack の精度チェックを NASA でも行い<br>「あ、コレ使える」と判断したのかもしれませんね。<br>#今後、堂々と「NASA 御用達」を名乗れる…のか?

> (2011-07-26 21:14)

自分も嬉しくなってくるような日記でした。おめでとうございます!

> kohe (2011-07-27 12:12)

夢みたいな話。<br>読んでるだけで鳥肌が立ちました。<br>当人はもっといろんなことを感じたんでしょうね。<br>すごい!

> FDJ社/淺見 (2011-07-27 16:32)

FDJ社/淺見です。拍手です。紹介させて頂きました!<br><br>2011-07-24 スペースシャトルの最後の夜に...GoogleSatTrack?!<br>http://fudou3.jugem.cc/?eid=10726<br>2011.07.27 Wednesday<br>author : fudou3(浅見貞男/Homeseeker) <br>スペースシャトルプログラム最後の夜、信じられないような事が<br>NASA-TVの中で起きた。

> Crf (2011-07-27 18:27)

以前、NASAにご招待された時の話も素敵でしたが、今回も素敵なお話ですね。<br>読んでいて楽しかった。

> kmr (2011-07-27 20:56)

ITmediaニュースから来ました。ブログを読みに来てよかった。私にとってスペースシャトルは宇宙旅行への扉のような、少年時代は私も宇宙へいけるかもしれないなんて幻想を無限にかきたててくれる存在でした。その最終シーンにこんなすばらしい話があったことを、心の底からうれしく思います。

> inner (2011-07-28 03:17)

初めまして。私もITmediaからです。<br><br>凄く意外で楽しい話ありがとうございました。 <br>僕は科学の閃き・・・アイディアというのはこうやって共用され、進化が促進されていくのだと感じ入りました。 <br>アマチュアやプロを問わず、このような形で科学や夢の進化促進剤となるようなアプリには素敵な未来を引き寄せてくれているのではという予感がします。

> K (2011-07-28 03:18)

この時を分かち合いに来ました.<br>残念なような誇りに思うような不思議な気分です.<br>SSは冒険心を煽ってくれる良き存在でした.<br>一時的にだと思いたいですが,その冒険心にも終りはやってくるんですね.<br>最後の夜に素晴らしい経験をされたと思います.<br><br>また,ご自分のために素晴らしいAppを書かれたら良いと応援して願っております.

> Oto (2011-07-28 07:47)

素晴らしい。あっ私もITmediaからです。<br>NASA予算が少ないから?というよりもいいものはいい。<br>ちゃんと評価することができるだけ健全な社会なんでしょうね。<br>読んでいて爽快でした。

> KAZ (2011-07-28 09:04)

感動しました!<br>小さな町工場もNASAと直接取引をしているし、<br>NASAは全世界に、「本当に良いモノ」のアンテナを<br>張り巡らせてるんでしょうねー<br>主のアプリが採用されたのも認められた証。<br>おめでとうございます^^

> ふぃろ (2011-07-28 12:30)

おめでとうございます&#9835;<br>好きなことをやり尽くすことが<br>一番なんだと再確認できました。<br>私に感動の連鎖が起きてます。<br>超感動しました。<br><br>やっぱり素晴らしいものは誰が見ても素晴らしいのでしょう。<br>本当におめでとうございます。

> へたれ (2011-07-28 12:58)

鳥肌が立つほど感動しました。<br>アマチュアとおっしゃっていますが、プロでさえも、機会を与えられてもこんな経験をできる方は世界中でも一握りでしょう。<br>また、これはNASAからの感謝の気持ちなのでしょうね。<br>本当にお疲れ様でした。<br>そしておめでとうございます!

> isana (2011-07-28 13:14)

皆様、ご返事遅れました<br>そして、まとめてのご返事失礼します。<br><br>温かいお言葉、本当にありがとうございます。<br><br>前回のフロリダの件、そして今回の件は、<br>私が何かしたというより、<br>むしろ、皆さんに楽しんでいただいているからこそ、<br>輪が広がってこうした光栄に浴したのだと思います。<br><br>ここから何処へ行くのか本人にもさっぱりわかりませんが、<br>今後ともどうぞごひいきに。

> AC (2011-07-28 13:53)

地球上の最高頭脳が集まるNASAに信頼されたアマチュア日本男児、超COOL!

> YY (2011-07-29 18:10)

感動しました。びっくりする程ありきたりですが。<br>大好きなものを、これからも大好きと言い続けることができるよう祈ってます。

> Kaz (2011-07-30 00:31)

ブログを読んで、こんなに感動したのは本当に久しぶりです。好きなこと、大事だと思うこと、大切だと思うこと、を続けることってすごく大変ですけど、やっぱり必要なんだよなって、改めて感じました。

> snow (2011-08-01 00:23)

3年前のあの時と同じ様に涙しました。ありがとう。

> amazedkoumei (2011-08-01 01:07)

すごい話ですね。テンションあがりました。寝る前ですがw

> なつお (2011-08-04 12:52)

素晴らしい!<br>感動しちゃいました(ΘoΘ)。<br>なでしこジャパンより「凄い!」と思った。

> いしだて (2011-08-11 03:56)

ITMediaで今さら知りました。いさなおめでとう! You deserve it!

> 2K (2011-08-18 04:56)

たった今、勇魚さんにまつわる話を読みました。<br>すごい!超COOLです。感動しました。

> まっさ (2011-08-23 05:49)

以前お気に入りに入れといたこのサイトのページを何となくにクリックし、この記事を読んで驚愕しました。<br>すばらしいです、感動です。なんかいろいろとやる気がでました。

> すいかぺんぎん (2011-12-28 13:21)

Garbageの正しいスペルを探していて、こちらのページに当たりました。宇宙ファンなので、とてもブログ記事主さまのプログラムの活躍に嬉しかったです。読んだのは半年後ですが。感動のあまり友人にもURLを送りました。