Garbage Collection


2006-11-13

§ 『水からの伝言』の話

ref.「水からの伝言」を信じないでください(田崎晴明)
ref.この記事を巡るネットの議論のあれこれ(たとえば、はてなブックマーク「水からの伝言」)

さて、残念ながら(?)、僕は『水からの伝言』をサイエンスとして楽しむことができなかった。読んでいてもちっともワクワクしない。その理由は、ずいぶん前に「ゲーム脳」の本を読んだときに書いた。だから今回は少し違う話をしよう。
ref.「!」と「?」(Junkyard Review)

たとえば、この本を科学の話じゃなくて、ただのお話として読んだらどうだろう?

実は、僕はこういう話があまり好きじゃない。なにしろ、これは「物事の善悪や美醜の判断を、自分以外の何かにゆだねる」という話だし、「正しいものは美しい」という話だ。正しい言葉は美しい結晶を作り、間違った言葉は醜い結晶を作る。ここでは、正しいことが美しさと、間違っていることが醜さと結びついている。僕たちはこれまで、このロジックを前にしてろくなことをしてこなかった。こういう価値観の元で苦しんだり、悲しい思いをしてきた人の話を僕たちは沢山知っている。これは科学的かどうかの問題じゃない。科学だろうが神様だろうが、こういう言葉を聞いたら立ち止まってその意味をよーく考えるべきだ。信じるなとは言わない。でもその言葉がとても大きな不幸を運んでくるかもしれない、ということは覚えておいたほうがいい。

確かに、美しいものが正しく見えることがある、正しいものが美しく見えることもある。でも、それは正しい「から」美しいんじゃないし、美しい「から」正しいんじゃない。その二つに因果関係を求めるのは、とても危険だ。

かつて、「我々は美しく、正しく、優れている」と言いながら、皆に不幸を配って歩いた人たちがいた。あるいは、生れた場所や、肌の色や、話す言葉の「美しさ」が、その人の「正しさ」を決めていた時代があった。そしてそういう人たちや考えかたを心から歓迎した人たちが沢山いた。そんなに昔の話じゃない。彼らは僕らより愚かだったんだろうか?僕らはもうそういう言葉を信じないですむほどに賢くなったんだろうか?僕はそうは思わない。現に今だって... いや、やめておこう。

ちょっと大げさかな?そうかもしれない。そんなに目くじらを立てるようなことじゃなくて、笑って済ませればいいことなのかもしれない。いいじゃないか、ただのお話なんだから。言っていることは間違っちゃいないんだし、「正しいものは美しい」なんて誰も本気で信じてないよ。そうか?本当にそうなのかな?でも、かの本を賞賛する声を聞くたびに、僕は少し不安になる。
ref.オノ・ヨーコからのクリスマスメッセージ(DreamPower-jp) ※Not Found

彼女は気付いているだろうか?「正しいものは美しい」という言葉が「間違っているものは醜い」という言葉の上に成り立っていることを、そしてこれがたやすく「美しいものは正しい」「醜いものは間違っている」という言葉に変わってしまうことを。

僕たちの「正しさ」や「美しさ」の判断基準はとても危ういバランスの上に成り立っている。それは、とても弱く、曖昧で、ちょっとしたことですぐに変わる。それは決して悪いことじゃない。でも、だからこそ、どんなことがあっても正しさを美しさの根拠にすべきじゃないし、まして、美しさを正しさの根拠にするべきじゃない。それはこれまで、本当に沢山の人を不幸にしてきたんだ。

もう一度書こう、

「正しさ」というのは人によって違う、そのことを絶対に忘れちゃいけない。

ref.検索サイトから来た君へ (Junkyard Review)